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平成22年9月24日
神田雑学大学定例講座N0524


能楽入門−4 花筐(はながたみ)

目次
イラスト画像の画像
メニューの先頭です 講師プロフィール
1.はじめに
2.花筐登場人物
3.前半 照日の前 別れの手紙を読む場面
4.後半 官人に道を尋ね、翔(かけり)を舞う
5.後半 花筐を持って照日の前が狂乱して舞う
6.天皇の前で舞を舞い再会
7.おまけ



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講師プロフィール

能楽師 青木一郎講師 昭和23年生まれ、能楽師観世流シテ方準職分、重要無形文化財総合指定保持者、日本能楽会会員、財団法人梅若研能会理事。 幼少より2世梅若万三郎師、三世梅若万三郎師、祖父只一、父豊に師事。 在住する吉祥寺の他に様々な場所で積極的に能楽の普及に取り組む。
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1.はじめに

今日で神田雑学大学での講演は4回目でしょうか。
今まで「放下僧」「望月」「船弁慶」とやりまして今日が4回目です。今日は現在200番くらい演じられる曲の中で「花筐(はながたみ)という曲です。筐という字をかいて「かたみ」と読みます。作者は世阿弥でございます。
毎回使用しておりますように今日も息子青木健一が作りました解説テキストとDVDを使って説明していきたいと思います。 能学塾テキスト花筐(はながたみ) 私どもでは奥が深い能をわかりやすく紐解き、観能力を身につけて頂くための「能学塾」を吉祥寺の能学塾研修能舞台で定期的に行っております。上演される能を事前に学習することによって、その情景のつかみ方、舞台の空気を感じ方、そして謡に込められた登場人物の想いを読みとれるようになっていただき、能を好きになっていただくことが目的です。
右が今日使うテキストです。これにしたがって進めて行きたいと存じます。
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2.「花筐(はながたみ)」登場人物

まず場面を最初に申しあげましょう。
前半は越前の国、味真野(あじまの)という所、今の福井県でございます。そこに照日の前(てるひのまえ)という女性がおりますけれど、その家の近く、春も過ぎて初夏になろうかというある日の事が前半であります。
それから後半は大和の国、玉穂の宮の近くの近く、その年の秋、紅葉が盛りとなっている自分という場面です。前半後半で2場面の能でございます。
登場人物といたしましては、まず照日の前を訪ねてくる使者が登場します。ワキツレ、使者です。
そして能の主役になりますのが前シテ、照日の前、若い女性のいで立ちで登場いたします。
手紙を読む照日の前 この写真では照日の前が紙を広げて読んでいるところですが、これは手紙を読んでいるところであります。
そして後半は、後(のち)シテ、狂女(照日の前)とありますが、唐織脱下げ女出立(からおりぬぎさげおんないでたち)という、着ている着物の右袖を脱いだ形で登場します。
そして後(のち)にはツレとして照日の前にお仕えする侍女が登場いたします。
あと子方(こかた)、継体天皇。ワキ、官人。ワキツレ興舁(こしかき)これは興をかつぐ人です。

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3.前半 照日の前 別れの手紙を読む場面

では物語のあらすじをざっと申しあげつつその場面をDVDで追って行きましょう。
越前の国、味真野で暮らしていた大迹部の皇子(おおあとべのおうじ)は皇位を継承することになります。
都から遠く離れた福井県で暮らしておりましたが、皇位を継承することになりましたので、急に上洛することになり、日ごろ寵愛していた照日の前に、別れの手紙と日頃自分が使っておりました花筐(はなかご)を形見(かたみ)として使者に渡します。
これからDVDで一部ご覧になっていただきますが、この登場人物が胸に白いものを差しています。これが文でございます。今でいう手紙なのですが大きい奉書を折り畳んだものです。
右手に持っておりますのが花筐(はなかご)でございます。この花筐がこの能の非常に大事なモチーフになってまいります。
青木講師講座風景
     左から登場してまいりましたのが大迹部の皇子につかえておりました照日の前という女性です。
ここで使者は手紙と花筐を渡します。そこで照日の前は本舞台に上がりまして、花筐を下に置き、文を読むところになります。
大迹部の皇子からの文をざっと紹介しますと、「私は応神天皇の五代の孫になりますが、天皇になる立場ではなかったので、毎朝味真野というところで天照大神の御霊を祭る伊勢大神宮を拝んでいました。それも自分が天皇になることを祈るのではなくて、国家国民が平安に居られるようにということを毎朝祈っていたのです。しかし武列天皇が亡くなったので、周りからの薦めによって自分が皇位を継承することになったので、あなたと別れてしまうことになった」と告げています。
それで照日の前は手紙を読み終わった後、花筐を手にして自分の住んでいたところに泣く泣く戻って行くというところが前半でございます。
この文は単なる白い紙です。能には色々文を読む場面がありますが、いずれの場合も何も書いてありません。
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4.後半 官人に道を尋ね、翔(かけり)を舞う

後半は場面が変わりまして、時期も秋紅葉の頃、大迹部の皇子が天皇に即位して継体天皇になって紅葉狩りに行くところであります。この中で後ろにありますのが興(こし)で天皇が乗る乗りものです。
大迹部の皇子が天皇に即位して継体天皇になって紅葉狩りに行くところ 一番左におります人物は天皇の官人、家来です。天皇は真ん中におります。
この小さい子方、子供が演じます。なんで子どもが天皇のような偉い役を演ずるのかという話ですが、照日の前との関係が男女の関係なのですが、それが成人の男性が演じますと、それが露骨に出てしまうこともありますし、照日の前に大きく焦点を当てているということもあって、今で言うメロドラマ的な撮られ方ではないので、敢えてここでは天皇の役を子方と申しますが子どもが演じることになっております。これも能の大きな特徴であります。
ここではワキの官人が「かたじけなくもこの君は応神天皇五代の御末大迹部の皇子と申ししが當年御即位了(おさ)まりて継体天皇と申すなり」といい、いま玉穂の都を作りましたといい、今紅葉を眺めにまいりますという謡があります。
その謡の後この一行は舞台の右手の方に控えます。その辺をご覧になってください。
照日の前と照日の前の侍女が登場   さて後半では最初に照日の前と照日の前の侍女が登場します。
侍女は「花筐」を持って登場、照日の前は玉穂の宮を目指しての旅行中ということで笠をかぶって登場します。手には笹を持っています。
笹というのはその人物が「物狂い」になっていることを象徴しているのです。
ここで照日の前は天皇の家来の官人に都に行く道を尋ねますが、官人は狂女とみて相手にしません。
それを見て侍女は「そのような方に構いますな。人が教えて下されずとも都への道を案内してくれるものがございます。雁が空を渡っております。」と雁が南下する方角が都の方角だと言うことを語ります。
講演中の青木一郎講師  こうして二人が舞台の中に入ってまいります。
ここから翔(かけり)という囃子だけの演奏になって、照日の前が舞台をひとまわりするのですが、翔とは駆けるという意味で、主人公がある対象を求めて、そこに行こうと思うのだけれど行けなかった、それでまたそれを追い求めるということを表す短い舞の一種でございます。
多くの場合、お母さんが我が子を探し求めて行くという場面とか、侍が修羅道に落ちて、敵をまた追い求めて行くと言う場面であります。
この場合は照日の前が都すなわち大迹部の皇子に会いに行きたいという場面です。

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5.後半 筐を持って照日の前が狂乱して舞を舞う

−DVD映像− そして都に最終的に着く場面になってまいります。
舞台の右手が紅葉狩りにきている継体天皇の一行であります。配布テキストのこの部分のあらすじを読んでみましょう。
テキストを見ながらDVDを見る  「ある秋の日、継体天皇となった皇子が紅葉狩りに出かけると侍女を伴った狂女と出会います。」これが今の場面です。
「天皇に仕える官人は行き先を遮る侍女が持っていた花筐を地面に打ち落とすと、狂女は狂乱し、この花筐の由来を語り、身分違いの恋をしたために苦しんでいることを述べます。」
そして皇子から頂いた花筐を打ち落とすとは、あなたたちこそ物狂いですよと言う場面です。
テキストの14ページをご覧ください。本文をちょっと読んでみましょう。
「味真野と申す山里に、大迹部の皇子と申ししが、今はこの国玉穂の都に継体の君と申すとかや、さればかほどにめでたき君の御花筐を恐れもなさで打ち落とし給ふ人々こそ我よりもなほ物狂いよ」とあります。
ここから「花筐」という曲の一番のピークになる「筐之段(かたみのだん)」あるいは「狂(くるい)」と申します所に入ります。
筐を持って照日の前が狂乱して舞を舞う ここでは筐を持って照日の前が狂乱して舞を舞うところで、謡のメロディーの流麗さと舞の形の美しさによって、感情の変化と高ぶりを美しく表現している、能ならではの高密度な世界観を堪能できる場面です。テキストを見ながらじっくり見て頂きましょう。テキスト本文の下には現代語訳が載っていますのでそれも参照して下さい。
この「恐ろしや」の後のところ、これはコガキと言いまして特殊演出がございまして、「おお返し」という演出になっており、囃子だけの演奏で舞台をほんの短く一回りする場面がございまして、またろしや」と繰り返す場面です。
テキストを見ながら謡を聴く
  それでは14ページ終りから3行目「恐ろしや」から、16ページの終わりから3行目「叫び伏して泣き居たり」までをお聞きください。
しおりを演ずる照日の前  クライマックスの最後は「『忍ぶもぢずり誰ゆえに』と古歌にありますが、私の心の乱れはほかならぬ君のためなのです。
とうとう都までやって来ましたが、着いたとはいえ月の都とは名前ばかりで、我が君は雲の上奥深くにお住まいでお姿を垣間見ることも出来ません。ましておそば近くに参ることは叶わず、それは水面に映る月を取ろうとする猿のようなもので、無謀で叶うはずもない恋に重い悩み大声をあげて泣き伏すばかりでございます。」と感動的に謡っています。
ここで5分ほど休憩しましょう。

―休憩―

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6・天皇の前で舞を舞い再会

さてテキストは16ページの後ろから2行目に移りますが、官人が照日の前に「天皇のご命令であるから車の近くに来て舞いなさいと言います。
照日の前は「それは嬉しいこと、畏れ多くも君の姿を拝み申すことが出来るのでしょうか」「行幸の御前で囃され舞い狂うことこそ、行列の行方を袂で祓い清めることになるのです」と言って舞を舞い始めます。
それから場面のイメージがちょっと変わりまして、自分のいま置かれている立場を中国の故事になぞらえて謡われます。漢の武帝が李夫人との別れを悲しんで「反魂香」という香を焚いて亡き人をしのぶと言う内容なのですが、この場面としては、中国の故事では武帝が御后の女性を想い独り悲しんでいるのですが、この舞台では照日の前が大迹部の皇子を想い独り悲しんでいるのです。
―DVD 映像−
天皇になったおおあとべのおうじと再会する照日の前
  それが終わりますと、帝はその花筐を自分の手元に引き寄せさせて、まさしくこれこそ自分が照日の前に以前渡したものだと言うことになりまして、狂気を止めるならば昔のように召し使いますよというところで二人は再会し天皇と照日の前は連れだって都に戻って行くという場面で終わるのです。

継体天皇に再会した照日の前は「花の筐(かたみ)の名を留めて、恋しき人の手馴れし物を、形見(かたみ)と名づけ初めし事この時より始まりける」と謡います。花筐(はながたみ)の話がもとになって恋しい人が愛用していたものを形見(かたみ)と呼ぶようになったという意味です。
そうこうしているうちに「御遊も既に時過ぎて今は還幸なし奉らんと供奉の人々御車遣り続けもみじ葉散り飛ぶ御前を拂い拂ふや袂も山風に誘われ行くや玉穂の都 誘われ行くや玉穂の都に尽きせぬ契りぞありがたき」と地謡が謡う中、舞台からはしがかりに興(こし)が移って官人は花筐を持って先に退場いたします。
最後まで舞台に残り余韻を残して退場する照日の前と侍女  照日の前と侍女は最後に残ります。玉穂の都に一緒に帰ると言いながらシテと侍女は残っているわけですが、これはしてシテと侍女を舞台に残すことによって、照日の前の喜びをいっそう増幅させるために照日の前に焦点を当てて終わるという演出です。
最後の場面ご覧になっていただきましょう。
 −DVD映像−
能舞台というのは背景はこの松ひとつだけでございます。
紅葉の場面だからと言って背景に紅葉があるかということは全くないのですが、皆様が謡を聞きながら、ああ今紅葉が散っているのだなというイメージを膨らませてご覧になって頂くことが能をより深く楽しんでいただくことに繋がることになるのだと思います。
(拍手)
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7.おまけ

今日は10月2日の青木一郎能の会で私がシテを務めます「花筐」を学んでいただきました。
この程度でも事前に学習して実際の能を見ると、ずいぶん観能が深まると思います。ぜひ実際の舞台での「花筐」も楽しんでいただきたいと思います。
渋谷と神泉の中間にある観世能楽堂で1時からございます。この日は私の「花筐」のほかに息子の青木健一が有名な「高砂」を務めます。昔は結婚式などで「高砂や〜・・・」とどなたかがなさいましたね。その高砂です。
きょうはここで皆様と一緒にこのおめでたい謡「高砂」を謡ってみたいと思います。
一節ごと私が謡いますのでご唱和ください。
少しお腹を立てて膝よりも手前に足を引いて姿勢を正して座ってください。
意味は「高砂の浦から舟に帆をかけて、月の出とともに汐に満ちた海に乗り出し、波のかなたに微かに淡路潟を眺め、遠く鳴尾の沖を通って行くうちに、はや住吉に着きました。」という内容です。
ではご唱和ください。
「高砂や」はいどうぞ「高砂や」
口を大きく開いてください。もっと大きな声が出ます。
「この浦舟に帆をあげ〜て〜」はいどうぞ。「この浦舟に帆をあげ〜て〜」
そして繰り返しです。どうぞ。「この浦舟に帆をあげ〜て〜」
「月もろともに出汐(いでしお)の」大きく息を吸って、はいどうぞ
「月もろともに出汐(いでしお)の」
「波の淡路の島影や」はいどうぞ。「波の淡路の島影や」
「遠く鳴尾の沖過ぎて」はいどうぞ。「遠く鳴尾の沖過ぎて」
「はあーや住みの江に」はいどうぞ。「はあーや住みの江に」
「着きにけり」はいどうぞ。「着きにけり」 はい繰り返しです。
「はあーや住みの江に 着きにけーり」
はいよく出来ました。せっかくですから覚えて謡って見てください。
今日はご静聴ありがとうございました。
(拍手)


文責:
臼井良雄 会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:臼井良雄


本文はここまでです



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