現在位置: ホーム(1)講義録一覧(2) >「世界遺産」152ヵ所を訪ねて

WEBアクセシビリティ対応
ページの先頭です

平成22年10月1日 神田雑学大学定例講座NO521回

    講義名 「世界遺産」152ヵ所を訪ねて

旅行ジャナリスト
講師名 近藤 節夫さん

日本ペンクラブ会員  

(クリックをすれば該当の項へ進みます。
ブラウザの「戻る」ボタンで目次に戻ります。)



講師プロフィール

1.「世界遺産」との関わり

2.「世界遺産」誕生の経緯

3.「世界遺産」いろいろ

4.お薦めする「世界遺産」

1)文化遺産

2)自然遺産

5.「世界遺産」に思いを




講師プロフィール

講師の近藤 節夫さん 近藤 節夫(こんどうせつお)
エッセイスト・旅行ジャナリスト、(社)日本ペンクラブ会員。
1938年(昭和13年)東京都中野区生まれ。
1963年慶応義塾大学経済学部卒。
学生時代に「60年安保闘争」に参加、その後ベトナム反戦運動に関わる。ベトナム戦争中にサイゴン、第3次中東戦争直後に中東、アフリカへ「海外ひとり旅」を実践し、軍隊に身柄を拘束されるなど窮地に追い詰められて「現場の臨場感の大切さ」を悟る。海外ひとり旅と旅行業者としての豊富な海外添乗体験から、若者に広く「海外ひとり旅」を勧める一方で、中高年に対しては、年齢に応じた旅の楽しみ方と、「旅のギネス」図解を啓蒙している。

★ホームページ:http://www.mr-kondoh.com/

メニューに戻る(M)

1.「世界遺産」との関わり

2010年8月現在登録されている「世界遺産」は911ヵ所あります。私はこの内152ヵ所を訪れておりますが、取り立てて「世界遺産」であることを意識して訪ねたわけではなく、気がついたらいつの間にかこれだけの訪問・見学数になっていました。

しかし、近年は多少「世界遺産」訪問を意識するようになりました。それは、「世界遺産」がテレビ放映などで話題になるようになり、旅行会社のパンフレットの中にも「世界遺産」の訪問が大きな目玉になっていることに気づいたからです。僭越ですが私より多くの「世界遺産」を訪れた人は、周囲に案外いないのではないかと漠然と考え、自分の旅行暦の中でその経歴が少しは自慢できるものではないかと内心誇らしく思うようになったからです。

「世界遺産」に最初に接したのはまだ世界遺産条約が発効する遥か前、京都市内に住んでいた中学生時代でした。当時は当然ながら意識することもなく、現在登録されている「世界遺産」の中で生活していたことになります。

初めて外国の「世界遺産」を訪れたのは、条約発効前の1966年に訪れたタイのアユタヤでした。爾来半世紀近く経ちますが、この間訪問数は確実に増え、面白いことに私が知らないうちに訪問実績が積み重なっているという現象が起きています。それは毎年「世界遺産」が追加登録され、その中に過去に訪れたところが含まれるケースがあるからです。

実際今夏新規登録された21の「世界遺産」の中に、過去に訪れた場所が2ヵ所含まれていました。ひとつは、アムステルダムのシンゲル運河であり、もうひとつはインド・ジャイプールの天体観測施設ジャンタル・マンタルでした。これにより私の「世界遺産」訪問数は、自動的に150から152ヵ所へ増えたわけです。今後もこのように「濡れ手に粟」で「世界遺産」訪問数が増え続けることでしょう。

メニューに戻る(M)

2.「世界遺産」誕生の経緯

そもそも「世界遺産」として、人類と自然が造り出した地球上の財産を世界中の人々がかけがえのない価値あるものとして認め、それらを大切に保存し、次の世代へその価値を伝え残していこうと考えられたのは、ほんのちょっとしたきっかけからです。

@1960年代にエジプト・ナイル川沿岸の古都アスワンにダム建設の話が持ち上がった時が正にそのきっかけでした。ヌビア砂漠地帯のアスワン・ハイ・ダム建設により、ナイル川面の水位が上がり河畔にあるアブ・シンベル神殿が水没する恐れが出てきたのです。

エジプト考古学者を中心に世界中の科学者や学術団体が、古代遺跡の消滅を心配し、その真剣な議論は国際的に注目され、ユネスコを中心にした遺跡保存の国際的な世論が盛り上がりました。これを受けて保存のための募金活動が行われ、何とか旧跡地より60mほど高い丘の上に神殿をそのまま移転させることにより、貴重な古代遺跡は水没の危機から回避されました。
熱心に聞き入る聴講生
ところが、残念なことに実際には移築された神殿は石造りではありますが、内部がハリボテの丘を背に据えつけられ、神殿内部に入ると化けの皮が剥げ、些かがっかり致します。また、ラムゼス二世の誕生日に東から上る太陽光線が差し込んだ際王の顔面に射す光が微妙にずれてしまいました。

これは、オリジナルではなくなった環境を操作した結果生れた負の一面ですが、こればかりは観念して納得するより仕方がありません。価値ある古代の遺産をオリジナル状態のまま保存することがいかに難しいかを教えてくれています。

しかし、今後同じような問題が再び発生することを憂慮したユネスコでは、1972年の第17回ユネスコ総会において満場一致で世界遺産条約を成立させ、ユネスコが認めた「世界遺産」については所有する国に保存の管理責任を義務づけることにしました。

そして、1978年初めて貴重な「世界遺産」として12件が登録されました。現在条約締約国は185カ国に上ります。日本は先進国の中では条約の批准が最も遅れ、条約発効後20年が経過した1992年に、漸く125番目の条約締約国となりました。
講師の近藤 節夫さん 世界遺産については、毎夏ユネスコ世界遺産委員会が申請を審議して新たに登録を認めます。厳しい事前審査により新規登録推薦は各国2件以内までしか認められず、全体で45件以内と決められています。

登録を認められた「世界遺産」には、厳しい保存管理の責任と義務が課せられます。世界遺産委員会の保存管理の要請に対して軽視したり、申請時の原型を勝手に変更したり、価値自体を劣化させるようなケースでは登録抹消の強制措置も執られます。

因みにこれまでに登録を抹消された「世界遺産」は2例あります。ひとつはアラビア半島の「オマーン動物保護区」で、オマーン政府が無断で登録地域内を開発して当初の保護区面積を縮小し、同保護区の象徴的な野生動物、絶滅危惧種のアラビア・オリックスを大幅に減少させてしまいました。

もうひとつは、交通渋滞のために市内のエルベ川に新たな橋梁建設を計画し、「エルベ川の美」と賛美された景観を損なうと心配されたドイツの「ドレスデン・エルベ川渓谷」が槍玉に挙げられました。いずれのケースも世界遺産委員会は、事前に警告を発して時間的猶予を与えましたが、聞き入れられず残念ながらこの2件は登録を抹消されました。

メニューに戻る(M)

3.「世界遺産」いろいろ

現在登録されている911の「世界遺産」は、文化遺産704、自然遺産180、複合遺産27ヵ所から成っています。「世界遺産」が最も多い国は45のイタリアで、以下スペイン、中国、フランス、ドイツの順です。わが国では14の「世界遺産」が登録されています。一方で、ユネスコの加盟国であり、折角素晴らしい文化遺産を数多く有しながら、ひとつも「世界遺産」が登録されていない国としてビルマ(ミャンマー)があります。これは世界遺産条約を締結していないからです。

「世界遺産」の特殊な例としては、「負の世界遺産」があります。これは過去に人類が犯した悲惨な出来事を思い起させ、悲劇が二度と繰り返されないよう戒めとするために登録されたものを指します。しかし、世界遺産条約にその定義があるのではなく、対象となっている「負の世界遺産」も他の基準を満たしたことで登録されています。

「負の世界遺産」の代表的なものに広島の原爆記念館、アウシュビッツの収容所、アパルトヘイトで囚人を収容した南アフリカのロベン島、バーミヤンの古代遺跡群、セネガルの奴隷貿易の拠点となったゴレ島、ザンジバルの奴隷貿易交易港ストーンタウンなどです。これらの「世界遺産」は後世のわたしたちに、「過ちを繰り返すな!」 ‘No More HIROSHIMA!’ と呼びかけています。

「世界遺産」から過去の過ちを反省し、学ぶことも忘れてはなりません。 近年「世界遺産」が俄かに注目されるようになりましたが、訪れるにはそれなりの意味があります。単なる観光旅行の一環と捉えて古代の建築物の前でただ陶然としたり、壮大な自然に腰を抜かしているだけでは勿体ないと思います。

それには「世界遺産」を訪ねるだけが目的ではなく、積極的に事前に充分下調べをしてその歴史と環境に思いを巡らし、これらを造り上げた人々と環境に感謝して、どうしたらこの偉大な財産を後世へ伝えられるかということを考えてみることが大切です。そのうえで旅の中の一コマとしてその場に居合わせることができたことに喜びを見出してほしいと思います。

「世界遺産」を訪れて、その場で静かに目を閉じ瞑想していると太古の時代や、文明未開の時代の人々の叡智と匠の技がふっと思い浮かんで参ります。それは「世界遺産」そのものに手を触れようと触れまいと、そこにいるだけで周囲に醸し出されている雰囲気が人を幻想の世界へ誘い、臨場感に浸れることができるのです。これが本物の「世界遺産」を訪れる大きな意味であり、何物にも代えがたい「世界遺産」の無二の価値です。

メニューに戻る(M)

4.お薦めする「世界遺産」

近年海外旅行ブームにより多くの観光客が国内外の「世界遺産」を訪れるようになり、マス・メディアでも広く報道されるようになりました。2009年3月NHKは「世界遺産」人気ベスト30を選出しました。一般視聴者から寄せられた多くのアンケートからリストアップしましたので、どうしても交通至便な訪れやすい場所にある「世界遺産」が選ばれています。従って公平に見て必ずしも遺産の価値を表わしているとは言えませんが、人気の傾向はある程度窺がい知ることができます。
その中で上位10ヵ所を見てみますと、
@マチュピチュ、
マチュピチュ

Aモン・サン・ミッシェル、
Bイグアスの滝
C九賽溝、
Dギザのピラミッド、
Eアンコール・ワット、
アンコール・ワット
Fグランド・キャニオン、
Gナスカ地上絵、
ナスカの地上絵
Hタージ・マハール、
Iヴェネチアがリスト・アップされています。

メニューに戻る(M)

1)文化遺産

あくまで私自身の個人的な好みですが、お気に入りの「世界遺産」を文化遺産と自然遺産に分けてご紹介し、お薦めしたいと思います。 どちらかと申しますと、私は地球が自然に造り上げた自然遺産よりも、人類がその智恵と努力で造り上げた文化遺産の方が気に入っています。

その文化遺産で、特に傍に立ち寄るだけで畏敬の念を憶え、唸らされるものに、
@ギザのピラミッド(カイロ)
Aコロッセオ(ローマ)
B万里長城(北京郊外)
Cポタラ宮殿(チベット・ラサ)
ポタラ宮殿(チベット・ラサ)
Dアクロポリス(アテネ)
Eチチェイン・イッツァ(メキシコ)などがあります。

ギザのピラミッド(カイロ) ギザのピラミッドは、3つのピラミッドとスフィンクスの位置関係とスフィンクスの低い位置が微妙で、うっかりするとスフィンクスの傍まで近寄っていながら見逃してしまうことです。ピラミッドを訪れた時には常に頭の中に「スフィンクス!」を呪文のように唱えていないとつい見損なってしまうのです。

ピラミッドには暗い内部に鉄製パイプの階段が設置されていて、その中へ入ることができます。どこまでも急な階段を登り行き着いたところに密室空間があります。王の棺が安置されていた場所です。触れられるところはどこまでも触れ、行けるところはどこまでも行き、究められるものは徹底的に究めるというのが、「世界遺産」の真髄を味わうひとつのコツです。

ポタラ宮殿は、中学生のころ読んだ月刊誌「中学時代」で初めてその写真を見て、雷鳴に打たれたような強いショックを感じました。こんなすごい壮大な建物が世の中にあるということが不思議で、強烈な印象を受け、それ以来何とか訪れてみたいと願って55年、3年前に漸く訪れることができました。

つい感激のあまり土地っ子のチベット仏教徒とポタラ宮殿の前の路上で五体投地をやったことが忘れられません。石段を登りながら宮殿内のいくつかの部屋を見せてもらうことができ、かつてダライ・ラマ14世が執務した部屋も見学することができました。

アクロポリスについては、ベトナム反戦運動で志をともにした作家小田実さんが著書「何でも見てやろう」の中で、初めてアクロポリスの丘に建つパンテオン神殿の神々しい姿に心を打たれ、「ヨーロッパで最も感激したのはアクロポリスの丘だった」と唸ったくだりがあります。

この表現に触発され、初めて訪れたアテネではアクロポリスを日夜眺められる場所として、王宮前の最高級ホテル・グランド・ブリターニュの最上階の角部屋に草鞋を脱ぎ、夕焼けとライトアップに浮かび上がる神々しいアクロポリスの丘をベッドに寝転がりながらいつまでも飽きずに眺めていたものです。

チチェイン・イッツァは、マヤ文明の最高傑作です。儀式に使われる階段状のピラミッドの正面階段の石造の手すりに、春秋のお彼岸の中日になると太陽光線が下るにつれて影を造り、ヘビが伝わり降りてくるように見えるのです。精巧に設計され、寸分の狂いもなく年に二度神の化身として天からヘビが地上に降りてくる神話は、昔の天文学を巧妙に織り交ぜ神秘的な世界を創り上げてくれます。

このほかにも推薦したい文化遺産はたくさんありますが、いずれもその偉大な遺産の前に立つと昔の人々のパワーについおののき、立ちすくんでしまうほど強烈で、かつ心地よい衝撃を受けます。

メニューに戻る(M)

2)自然遺産

自然遺産では、
@イェローストーン
Aグランド・キャニオン
グランド・キャニオン
Bソグネ・フィヨルドの3つをお薦めしたいと思います。

イェローストーンは、アメリカ合衆国最初の国立公園で、広大な荒野(埼玉県、東京都、神奈川県を併せた全面積を上回ります)に山あり、湖あり、渓谷あり、大瀑布あり、温泉あり、高山植物ありで、素朴な自然がいっぱいです。加えて珍しい野生動物があちらこちらを自由に歩き回り、訪れる人の目を楽しませてくれます。

1988年長期に亘って公園を焼き尽くした山火事発生の折りには、環境保護団体の悲痛な叫びを受けて猛火の自然鎮火を待ち、自然の生態系を守り抜く見本を示してくれました。隣接するグランド・ティートン国立公園のたおやかな峰々が、♪遥かなる山の呼び声♪のメロディが聞こえてくる映画「シェーン」の感動的な名場面に重なって鮮烈に甦って参ります。

グランド・キャニオンは、ラスベガスからセスナ機で簡単に往復できる地の利の良さも手伝って、毎年多くの観光客が訪れ、圧倒的な太古の暦層と壮大な風景に魅せられています。最近突起した岩山の上にガラス張りの展望台を設置して観光客に過剰サービスする一方で、魅力的な美景を損なったのはいただけないと思っています。明らかに世界遺産条約に照らしてレッドカードです。それでもなお古の昔から地球の歴史を教えてくれる迫力あるランドスケープは、訪れた旅人の心を捉えて離しません。

ソグネ・フィヨルド ソグネ・フィヨルドは、南半球ニュージーランドにある「世界遺産」テ・ワヒポウナムのフィヨルド、ミルフォード・サウンドに比べて、全体的な印象とスケールにおいて断然優っています。フィヨルドはこのソグネ・フィヨルドに止めを刺すと申し上げて過言ではありません。グリーグの組曲「ペール・ギュント」が醸し出す、薄暗く寂しいしじまの中に次第に朝日が差し込んでくる北欧の朝を象徴する「世界遺産」の街・ベルゲンは、13世紀ハンザ同盟都市として栄えました。

そのベルゲンを起点に楽しむ列車の旅、そして長く続く船旅はロマンチックなメルヘンの世界をイメージさせてくれます。ところどころで船上から眺める瀟洒な村のカラフルな佇まいは、日ごろ忙しい現代人には一服の清涼剤です。船上から眺める切り立った断崖、渓谷はスケールが大きく、それでいて寂しさを呼ぶロマンチックな旅、それを味わえるのがソグネ・フィヨルドです。

このほかにも自然遺産には、 ビクトリアの滝、イグアスの滝
イグアスの滝
アマゾン、カナディアン・ロッキー、ドロミテ、スイスアルプスなど多士済々です。ぜひ生きた証として、人類にとって貴重な「世界遺産」をできるだけ数多く訪れ、太古の大自然と古人との夢の交流を通して、異時代の世界のイメージに浸り心を豊かにされるよう願っております。

メニューに戻る(M)

5.「世界遺産」に思いを

「世界遺産」を訪れるに当っては、常に「太古の自然に触れる」「昔の人の叡智に学ぶ」ことを心がけ、歴史と文化、そして周囲の人々と自然に敬意を表し、自分が今そこにいる幸せを感謝する気持ちを持つことが大切なことです。

古代に繁殖した同じような森の中で恐らく昔と変わらないオゾンがいっぱいの空気を吸い、遥か昔にソクラテスが彷徨ったであろうギリシャの古い街々を歩いてみるのも思索的で至福のひとときではないかと思います。本物に触れることができ、異なる世代の人々と同じ時代の文化や空気を共有することは感動ですらあります。

今や交通も便利になり、施設も整備されました。その気にさえなれば、いつでも比較的容易に「世界遺産」にアプローチすることができるようになりました。健康が許されるうちに、ぜひひとつでも多くの「世界遺産」を訪れてみましょう。きっと世界観が変わることでしょう。そして、自分が今まさにこの恵まれた時代環境にいることに溢れんばかりの幸せを感じることでしょう。
終わり

★イグアス、アンコール・ワット、ナスカ地上絵、ピラミッド、ソグネ・フィヨルド に関しては小学館発行「21世紀世界遺産の旅」が出典

停年オヤジの海外武者修行の本   海外武者修行のすすめの本

(文責 近藤 節夫)
写真撮影: 橋本 曜  HTML制作: 上野 治子
このページの先頭へ(0)


現在位置: ホーム(1)講義録一覧(2) >「世界遺産」152ヵ所を訪ねて


個人情報保護方針アクセシビリティ・ポリシィ著作権、掲載情報等の転載、リンクについて連絡先

Copyright (c) 1999-2011 kandazatsugaku Organization. All rights reserved.