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2011年2月25日 神田雑学大学定例講座No.544

暦と日本人 講師 須知 正度(すちまさのり)



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はじめに
1.お月さまの残像(自然暦、太陰暦?)
2.日本における暦の変遷
3.太陰太陽暦の月名と順序
4.二十四節気
5.閏月の挿入(具体例)
6.十干十二支と陰陽
7.六十干支表
8.五行の配当例
9.古代中国の讖緯(しんい)説(予言説)
10.太陽暦を採用した理由
11.西洋暦の変遷
12.曜日の決め方
13.古代ローマ暦と西洋暦
14.月名の由来
15.太陽暦の考え方


司会 本日の講師の須知正度(すちまさのり)さんは、一部上場の金融機関に現在お勤めでして、趣味として暦の研究をしておられます。また、小金井雑学大学の運営の中心におられて活躍中のユニークな方です。544回目の講座では、暦と日本人のお話をして戴きます。

はじめに

須知正度講師の写真  暦というと、占いに関わる話などが多いのですが、今日の私の話は、日本人がかつて使用していた暦、太陰太陽暦(旧暦)と明治5年の改暦後、現在まで使っている太陽暦(カレンダー、新暦)の間に共通性があるのではないかと研究し、それを見つけました。それお話したいのが本日の講座の趣旨です。暦に関わる2千年あまりの歴史を、まず、レジメによって駆け足で顧みたいと思います。最後に、この知識をどのように活用したら宜しいかを考えてみたいのです。

 私が暦に興味を持ち始めたのは、高校を卒業した頃に英語の時間に習わなかった西洋の月の名前の由来、それは歴史の中では多分、ジュリアス・シーザーがエジプトから太陽暦をローマに持ち帰り、自分の誕生月をシーザーの月とした7月Julで、その翌月8月Augがローマの初代皇帝アウグストゥス、9月Sep、10月Oct、11月Nov、12月Decと続くのは何故かと思ったのがきっかけでした。
それはそれで終わったのですが、私は、小学生のころから家で正月は百人一首をやっていましたが、4年生のころから歌の上の句下の句を全部覚えて、5年の時には国語に出ていた万葉集を覚えました。和歌や古典を読むと、暦に関わることが極めて多く、日本人は昔から農事暦や、自然暦に深く関わりながら生活をしてきたことがわかります。

暦を改めて勉強し始めたのは、証券会社を退職してから現在の第二の職場に就職するころでした。
すると、カレンダーと太陰太陽暦の間には、根源ルーツに共通性があることが、類推できるようになりました。この機会にそのようなことをお話できることは、まことに幸いであります。
以下は詳細なレジメです。

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1.お月さまの残像(自然暦、太陰暦?)

 日の始まり終わりは、日の出、日没で
 日の進みは、月の満ち欠けで
 季節の移り変わりは、花鳥(風月)で
 環状列石遺跡―夏至や冬至の日没の方向が判る。

 農事暦−花の咲き始め、鳥の鳴き始め、雪形など
  満月(望月)を指標とする暦を使用していたのでは?
  正月十五日(旧暦一月)までに集中する行事−どんど焼きなど
  お盆前から盂蘭盆(旧暦七月)にかけても行事が集中−東北の祭など
   「盆と正月が一度にやってきたようだ」
   縄文の頃は、現在の一年が二年だと考えられていた?
  十五夜―旧暦八月十五日、仲秋の名月
  十三夜―旧暦九月十三日、栗/芋名月
  七五三―旧暦十一月十五日
  ひな祭りが盛んな理由―三日月の日に相当?三日月を初月−女性の眉/唇に
  譬える(二十六夜月は眉)
  七夕が盛んだった理由―上弦(半月)の日に相当?半月を舟に譬える

月の満ち欠けの仕組み

月の満ち欠けの仕組み

    A     B     C    D     E     F     G    H

地球と月と太陽の関係
A:朔月、新月
B:三日月
C:上弦の月
D:十三夜月?
E:望月、満月
F:居待月?
G:下弦の月
H:二十六夜月
E〜G:十六夜、立待、居待、臥待、更待の月呼称

月の満ち欠けの仕組み1 月の満ち欠けの仕組み2


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2.日本における暦の変遷

・時間を計る
 日時計、水時計、ノーモン(地面に垂直に立てた棒)は前2000年頃、カルデア、バビロニアで発明
 日時計は、カルデア、エジプトからギリシャに伝わり、ローマから徐々にヨーロッパへ伝播。

中国の冊封体制と暦―中国の皇帝の支配下に入ると暦も授けられた。
正朔を奉ずる―正は歳の初め、朔は月の初め。
稲荷山古墳(埼玉古墳群)から発掘された鉄剣銘「辛亥年七月中記」は、「471年7月処暑記」と解釈すべき。
百済や唐から暦を移入していた。
日本書紀は、雄略朝までを元嘉暦で、安康朝から神武朝までを儀鳳暦で遡及した長期暦を作成して記述。
元嘉暦(げんか)から天保暦(てんぽう)までは、いずれも太陰太陽暦。
日本で暦を作成できるようになったのは、貞享暦から。

 月は、地球の周囲を約29.5日で公転(月の満ち欠け)している。
 月の朔望(満ち欠け)を基準にした12ヶ月の一年は、354.3660日。太陽暦の一年365.2422日(地球の公転周期)よりも約11日不足している。この日数調整を3年に一回程度、閏月を挿入して行っている。
実際には、太陽暦19年で7回閏月を挿入して(19暦年7閏月法、ギリシャのメトンが前430年頃に発見)、両者の日数6,940日をほぼ一致させている。古代中国では、周(前1120〜前256年)の時代に既に採用していた。
このことから、19年で太陽と月が同じ出発点に立つことになると考えられていた。
式年遷宮(20年に一度)

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3.太陰太陽暦の月名と順序

太陰太陽暦の月名と順序表

月初の指標は、朔(新月)。年初の指標は、冬至だったが、前漢の頃から立春になったと見られる。
「観象授時」と「一陽来復」−天体観測と古代中国哲学
老子の言葉 「候王は、一を得て以て天下の禎(正)となる」 一月を正月と呼ぶ由来。
一陽来復(冬至)―光の春     立春、万物顕現(春分)―気温の春
朔旦冬至
甲子夜半朔旦冬至―上元(はるかな過去、この世界の存在の起点で世界・宇宙の誕生の瞬間を意味)
大衍暦では、上元から唐の開元十二年(724年)まで九千六百九十六万一千七百四十年(96,961,740年)
宇宙の誕生―130億〜150億年前、現代天文学や量子力学の世界

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4.二十四節気

24節気表

旧暦の月名は、中気で決まる。
月を基準とする一年の12ヶ月を暦月、太陽暦の一年の日数の1/12を節月という。
暦月の日数は、約29.5日。節月の日数は、約30.5日。

歳旦立春
年内立春
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5.閏月の挿入(具体例)

閏月の挿入

旧暦の一カ月(29〜30)に「中気」が含まれないと閏月となる。
日蝕は、朔−旧暦一日に起こる。
月蝕は、望−旧暦十五日に起こる。

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6.十干十二支と陰陽

十干十二支と陰陽表

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7.六十干支表

六十干支表

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8.五行の配当例

五行の配当例

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9.古代中国の讖緯(しんい)説(予言説)―神武天皇即位に関する通説

 甲子は、六十干支の最初でものごとの始まり―甲子革令、天命が変わったとして改元が行われた。
 辛酉も、当然、六十年周期でこの年にも天命が革まるとされた。
 一方、60年を一元とし、21元を一ほう蔀とする。60(年)×21=1260年となる。
 1260年ごとの辛酉には、大革命が起こると考えられていた。
日本書紀に記載されている神武天皇即位は「辛酉の年の春正月庚辰朔、天皇橿原の宮に即位」とある。
最初に頒布された暦書は、602年百済僧の観勒が来朝時に携帯。604年の干支は甲子。
601年の干支が辛酉。601年から1260年遡ると?前660年となる。
日本の紀元は、西暦紀元から 660年遡るとしている。

会場風景

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10.太陽暦を採用した理由

 旧暦の天保暦では、明治6年は閏月が入り、13カ月となること。
 明治政府の財政難―役人の月給を節約。 大隈重信が仕掛け、福沢諭吉らが太陽暦導入の援護射撃。
 1872(明治5)年は、壬申の年。明治5年11月9日は、壬申年で庚寅の日。
 1873(明治6)年1月1日(旧暦明治5年12月3日)は、癸酉年で癸丑の日。

*課 題(自己採点型) 以下の(  )内に適当な外来語をカタカナで入れてください。

 1.(       )一本線路 (     )独占企業(     )制服
 2.(       )二輪車	(      )二重唱(      )重殺
 3.(       )三角       (三脚)       )三重唱
 4.(       )四角形      ( 四重奏       )四面体
 5.(       )米国防総省    (       )五重奏
 6.(       )六角形		(              )昆虫類
 7.(       )七角形		(       )七重奏
 8.(       )八角形		(       )蛸  八音階
 9.(       )九角形
10.(       )十日夜物語	(       )十年

正解は、最終ページに
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11.西洋暦の変遷

西洋暦の変遷表

 ・月初1日をカレンダエと称した(月を呼んだ日、朔−新月)。Calendarの語源。
 ・春分の日―3月21日に固定。ユリウス暦制定時は3月25日(冬至は12月25日)。
 ・復活祭―春分後の最初の満月後の最初の日曜日
 ・〜1582年10月4日―ユリウス暦(春分が3月11日にずれていた)
   1582年10月15日以降―グレゴリオ暦(同年10月5日に採用)、空白の10日間。

置閏法(閏年の置き方)
 ユリウス暦(一年365.25日)―4年に一度1日を加える
 グレゴリオ暦(同365.2425日)―原則、西暦が4で割切れる年に1日を加える。
ただし、西暦が4で割切れる年のうち、100で割切れる年を除くが、
  400で割切れる年は加える。
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12.曜日の決め方

 ・古代バビロニアでは、地球が宇宙の中心に静止していると考えられていた。
 ・太陽など七つの惑星が地球の周りを廻っている。
 ・惑星があらゆる空間、時間を支配していると考えていた。
 ・一日についても支配惑星が決まっている。翌日は次の惑星が支配する。七惑星で一巡七日。
 ・七つの惑星が時間と空間を支配する順序は地球から遠い順になると考えられた。
 土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月の順であった。
 第一日は、土星(土星の日、サトゥルヌスの日、ユダヤ教安息日、土曜日)
   でしかも第一日の第一時も土星が支配する。第二時以降は上記順の繰返し。
   第七時は月、第八時は土星・・・・・・・・・・・第二十三時は木星、第二十四時は火星。
 第二日とその第一時は、太陽(太陽の日、主の日、キリスト教安息日、日曜日)
 第三日とその第一時は、月(月の日、月曜日)
 第四日とその第一時は、火星(火星の日、マルスの日、火曜日)
 第五日とその第一時は、水星(水星の日、メルクリウスの日、水曜日)
 第六日とその第一時は、木星(木星の日、ユーピテルの日、木曜日)
 第七日とその第一時は、金星(金星の日、ヴィーナスの日、金曜日)
 これらがユダヤ教に引き継がれ、キリスト教に継承され、その伝播により唐(中国)へさらに七曜として日本へ伝えられた。
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13.古代ローマ暦と西洋暦

 太陰暦
古代ローマ暦と西洋暦表

 メルケドニウス;隔年に設けられた閏月、日数(22/23)は交互に適用。4年間で45日。

 太陽暦
太陽暦

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14.月名の由来

Martius―軍神マルスの月(ロムルスの父はマルス、母はシルヴィア)
Aprilis―美と豊饒の女神アプロディテーの月(愛と美の女神ヴィーナスと同じ)
Maius―豊穣の女神マイアに捧げられた月(春の豊な実りを司るローマ独自の農業神)
Junius―ローマの最高の女神ユノーを祭る月(妻たちの祭を開催)
Januarius―ローマ神ヤヌスに捧げられた月(門神、前後同時・過去未来を見て始を司る全知全能の神)
Februarius―贖罪の神フェブルウスを祭った月(罪をつぐない浄める期間)

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15.太陽暦の考え方

 クリスマス12月25日(かつての冬至)を日曜日(太陽の日)とすると、12.で記したような七曜をその後の日々に適用してみると 翌年1月1日は再び日曜日(太陽の日)となる。この結果は、当然のことなのであるが、これが太陽暦の考え方である。
したがって、太陽暦も冬至を年初の指標としているということができるであろう。

講義中の講師 以上駆け足で暦の話しを述べました。
さきほど、休憩時間に「昔、仲秋の名月の夜には、三方にお団子を載せて月を愛でたものですね」という会話がありました。一昨年でしたか、5月の連休を地域ごとに分けて実施したらどうか、という政治家や官僚がいましたが、そんなことをするよりも、現在の祝日の由縁を正しく調べて、例えば旧暦の7月7日とか、3月3日を全国的な休日にする。また、その日に地域でのお祭りや行事をすることによって、自分たちの住んでいる地域の良さを見直しする。月を見たり、自然に咲く花を愛でたり、鳥の鳴く声を聞くことによって、生活の中で感性を磨く、心を豊かに今の生活を過ごすことを考えたら如何でしょう。

ご清聴有難うございました。

                       終わり
*課題の答え

1.(モノレール)一本線路	(モノポリー)独占企業(ユニフォーム)制服
2.(バイシクル )二輪車	(デュエット )二重唱 (ブルプレイ)重殺
3.(トライアングル)三角  (トライポッド)三脚 (トリオ)三重唱
4.(テトラゴン  )四角形(クヮルテット)四重奏(テトラヘドロン )四面体
5.(ペンタゴン )米国防総省 (クィンテット) 五重奏
6.(ヘキサゴン )六角形 (ヘキサポッド )昆虫類(セクステット)六重奏
7.(セプタゴン )七角形	(セプテット ) 七重奏
8.(オクタゴン )八角形	(オクトパス ) 蛸(オクターヴ)八音階
9.(ノナゴン)九角形 *(ラノヴィア)十字架の前に跪く少女−ペギー葉山の歌
11.(デカメロン )十日夜物語	(ディケード ) 十年

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文責:須知 正度  三上 卓治
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:大野 令治

本文はここまでです


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