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平成23年3月4日
神田雑学大学定例講座N0545


ビートルズを語る PART2  講師 岡本備


目次
イラスト画像の画像
メニューの先頭です 講師プロフィール
1.はじめに
2.アルバム『Abby Road』について
3.一曲目『Come Together』
4.二曲目『Something』
5.ビートルズの革新とアルバムの歴史
6.三曲目『Maxwell's Silver Hammer』
7.ビートルズのファッション
8.四曲目『Oh! Darling』
9.五曲目『Octopus's Garden』
10.六曲目『I Want You』
11.終わりに



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プロフィール

  岡本備講師
岡本 備(そなう) 1950年(昭和25年)生まれ。
兵庫県播州赤穂出身
サイン・ディスプレイ・POP(販促広告)イベント・インテリアデザイナーをしながらも、個人でビートルズ・イベントを30年やり続けている。 TV、ラジオ、新聞、雑誌等に多数出演、掲載される、自他ともに認める日本一のビートルズコレクター。
そのコレクションをツールとして「ビートルズは60年代に天から与えられた人類への福音」との思いのもとに、音楽はもちろん、アート、ファッション、言動まで含めた天才総合芸術家集団としてのビートルズを少しでも多くの人に伝えようと、『曲を聴き、コレクションを見て、話す』と言う3Dスタイルでエバンジェリスト(伝道)活動を続けている。

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1.はじめに

  ビートルズ伝道師 岡本備です。
今日は神田雑学大学で2回目の講演になります。 去年は2010年。ビートルズが「ビートルズ」という名前になって50週年でした。そして同年暮れロンドン北部のアビー・ロードの横断歩道(ビートルズの同名アルバムジャケットに使われた場所)が英国の歴史遺産として認定されました。それを記念する意味もあって、今回はビートルズの「アビー・ロード」というアルバムを主体にして2回にわけて話をしたいと思います。

  僕が子供の頃は「ビートルズは不良の代名詞だとか、大人の敵だ」みたいな感じで散々でした。
25歳ごろ、もうビートルズが解散して5年くらい経った頃でしたが、世間的な認知はビートルズなんてただのロックンロール・グループではないか、もしくは当時ロックという言葉が生まれていたのでロック・バンドの一つじゃないかという感じで、一時の流行だろうという見方が一般的でした。 そういう中で僕は、中学2年生でビートルズの曲に出会った時から、ひたすらビートルズを伝えたいなあ、と何故か思ったのです。
  ビートルズの音楽そのものを伝えるということは、大ヒットしたものですから、別に僕がしなくてもいいのですが、ビートルズにすごく感動して、嬉しくてしょうがなかったので、その感動を伝えたくなったのです。ある意味でこういった心境は宗教に近いのかも知れません。出会いがあって、凄い喜びが生まれる、それを少しでも多くの人に伝えたくてしようがなくなる衝動、それを感じたのです。 でも僕だけでなく、他の若者も皆程度の差こそあれ、大いになにか感じたからビートルズは大ヒットしたわけですから、本当は僕が今更伝える必要もないのです。

  そんな混乱の中で成人し、周りの大人から、「25歳にもなってこんなことに狂っていることはおかしい」と言われていました。結婚もしていて、仕事もしていて、しかし「本業はビートルズだ」なんて言いながらビートルズに取り組んでいました。普通に稼ぐ仕事は僕にはバイトだなんて、そんなことを言っていたから「お前おかしい」とよく言われていました。
  そういう時代だったものですから、さすがに自分でも「僕の歩む道はおかしいのかな〜」という気持ちにさいなまれながら、「いやビートルズはすばらしいんだ。だから僕はこんなにも感動したし、それを信じていればいつか世の中の方が変わるんじゃないか」という気持ちをひたすら持ち続けて、20年30年40年、そろそろ50年になります。
去年は2010年ビートルズが「ビートルズ」という名前になって50週年、半世紀たってようやく、ビートルズのあの4人は『天才の音楽家』だったんだという認識がかなりなされるようになりました。僕自身も、こういう場所に呼ばれてビートルズを語ることが出来るように認知されて来たわけで、僕はビートルズを信じて生きて来てよかったな、と今つくづく思っています。

熱演する岡本講師   今日はビートルズの「アビー・ロード」というアルバムを主体にして話そうと思っているのですが、たまたまインターネットを使った不正受験の事件が今日、大きく報道されました。
  実は「アビー・ロード」の中の一曲に今日のようなことが載っているのです。 ビートルズの音楽の軌跡の中には、ある曲は親子関係の歪みたいなものを歌ったり、若者であっても、やりたい事をやると入っても、悪いこと、やってはいけないことはやってはいけない、というような歌が入っています。 今から40数年前にもう彼らは現代の世相を歌っていたのです。
  これらは歌詞を日本語に訳して見ないと分かりません。ビートルズの英語は、ある意味簡単なのですが、簡単な語彙だけに逆にその解釈はいくらでもあるともいえます。 それは本来芸術の持つ力みたいなもので、例えばモーツアルトが色々な作品を作っていますが、それは聴けば聴くほど奥が深くて、解釈もいくらでも出来る、いつまでも人の心に響きその魅力は尽きない、というもので、だから流行に流されない、つまりそれこそが芸術、本物である証なのですね。それがビートルズにもあるのです。
  以下はそう言った訳で、あくまで僕流のビートルズ論、ビートルズ解釈であることをお断りしておきます。さて、それでは楽しいビートルズの旅に出発しましょう。
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2.アルバム「ABBEY ROAD」について

  僕もご多分にもれず、ビートルズの歌は、その初期の頃から歌詞が非常に曲と一致しているので英語と感じたことがなかったのです。そしてそのまま何十年もたってしまいました。
最近ビートルズ・エバンジェリスト(伝道師)として人前に立ってビートルズを語るようになって、とてもではないけれど、英語の歌詞の意味をきちんと知っていなくては伝えられないなと感じ、我ながら恥ずかしくなりました。

  それで一昨年くらいから慌てて、全部の曲を紐解いて、きちんと訳し始めたんです。
  今回の「アビー・ロード」も以前から各曲をそれぞれバラバラには訳していました。しかし今回アビー・ロードという場所がビートルズ人気故英国の歴史遺産として認定され、この講座で「アビー・ロード」というアルバムを中心に話をしてみようと思い、改めてアルバム単位で全体として訳して見ようと決心しました。
アルバム全体として訳したら、今まで個々の曲として訳していたのとどう変わるだろうかと思ったのです。 そうしたら、やっぱり今までイメージで思っていたことと、大きな違いが出てきました。

  この「アビー・ロード」というのは、ビートルズの最後のアルバムなんです。彼らがこれを録音する時は解散することが彼らには分かっていました。ですから、その事が一曲一曲に実にはっきりと出て来ているんです。人が一般的に聴いて「ああ〜いい曲だな」という曲の中に「自分たちは解散するんだよ」ということを普通歌詞で入れますか?
寓話的に入れたり、ポピュラーの常套である「Boy Meets Girl」の世界を借りながら「もう俺とおまえは終わりだよ」というようなことを言ったり、実に色々な方法で、どの曲も暗にちゃんと「解散するぞ」と言っています。
  アルバムは前半6曲、後半が11曲あります。これを一曲一曲少しづつコメントを入れながら皆さまと一緒に聴いてみたいと思います。
アルバム アビーロード A面の曲

  昔はこのアルバムはLP(LONG PLAY)レコードで前半がA面に後半がB面に入っていて、前半と後半ははっきり分かれていました。それをビートルズは最大限活用したのです。
  ところが今はCDになってしまい、全曲が一枚のCDに入るものですから、このアビー・ロードも前半と後半が続けて収録されており、区切りがありません。 私は、このアルバムはCD2枚組で売ればどうかとアップルに提案したい位です。
  このアルバムではそれ程にA面とB面とが違った様相を見せていて、その始まり方、終わり方も非常に工夫がなされているのです。それをCDで連続して聴いてしまうと、この工夫の意味が無くなってしまいます。だから私はCDで出すにしても敢えて2枚組にして欲しかったと思うのです。
  今日は時間の関係もあり、このA面を中心にその曲を聴き、話をしたいと思います。

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3.一曲目『Come Together』

  まず第一曲目ですが、「Come together」という曲です。
  お配りした資料では最後のページに曲の一覧と少しだけコメントが入れてあります。 この曲は4つの小節に分かれています。市場に流布されている歌詞訳を見ると、一人の世間からはずれたようなロックン・ローラーがやって来て、「皆で一緒に騒ごうぜ」みたいな歌詞訳になっているものが多々あります。 この曲は選挙運動のスローガンソングとして作ろうというのがきっかけで作られた曲ということもあって、「皆で一緒に投票しようよ」みたいな感じがあったのです。
   ところがその話が無くなり、作詩をしたジョンは自分の言いたいことを、初めの予定をどんどん修正して、ジョンから見た自分たちの解散への思いを歌った歌詞に変えたのではないでしょうか。
  「Come together」の4つの小節の1小節目がジョージです。遅れて来たジョージは自分勝手にやっている。
  2小節目はポールです。あいつは「俺たち友達だろ」って言うが俺は「お互いもう自由にやろう」って言いたいのさ。
  3小節目がジョンです。「俺はヨーコの事しか考えられないのさ」と。
  そして4小節目がリンゴのことについて、彼はいつも傍観者、いい子ぶってるがそれは事の重大さが分かってないと歌っているのです。それが救いだとハッキリ歌ってはいませんが、そう言う意味も込めているのではという気がする詩の流れも感じられます。

    -Come together-演奏

  この曲の終りの部分、もう本体の歌詞は終わっているのですが、ジョンが「Come together・・・」と云いながらずっとエンディングが続きますね。その中でリンゴ・スターのドラムとポールのベースが遊んでいます。
あとでまた説明しますので「遊んでいた」ということだけ覚えていてください。
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4.二曲目『Something』

  次はジョージ・ハリスンの「Something」という曲です。
  この曲はジョージ自身が解散の時にどういう気持ちだったかがよく表れてきている気がします。(もちろんそれだけが主体ではなかったのでしょうが)

  ジョージ・ハリソンは遅れて来たビートルなんて言われて、ジョンと三歳、ポールより二歳、年下なんです。ジョンとポールが一番活躍した26,27,28歳の頃、彼はまだ23,24,25歳だったのです。そして彼が28歳になった頃、このアルバムを製作、ビートルズは解散したのです。
岡本講師 ジョージは時に「ビートルズは人生の目標ではないよ」とこぼしていました。自分たちの名声とか人気はどうでもいい。それよりは「もっと本当に伝えたいことを、もっといい曲にして伝えたい」そればっかり思っていたのです。その為にはもっと自分たちを磨かなくてはいけないし、新しい触発も欲しいと考えていたようです。
  これは芸術家が持つ願望ですね。
  一作目、素晴らしいものを出してデビューして、それ以降二作目や三作目で前作を越えられないというアーティストは沢山います。音楽にしろ映画にしろ、なかなか二作目は一作目を越えられないと言われますね。
     ビートルズはそういう意味では、アルバム「PLEASE PLEASE ME 」からデビューして「WITH THE BEATLES」はそれを越えて、「A HARD DAY'S NIGHT」は前二作をもっと越えてと、次から次へと僕たちの期待以上のものを7年間出し続けてくれました。それでこの「ABBEY ROAD」まで来たのです。

  つまり彼らは常に「もっといいもの」を求めていたんですね。 それを実行するには中期のあたりから、ジョージにはビートルズの器はもう小さくなっていたのです。ですから彼はインドにも行き、シタールなどのインド音楽を取り入れ、インド宗教に溺れ、他の3人も誘って皆でインドまで行ったくらいでした。
「THE BEATLES(通称WHITE ALBUM)」という「アビー・ロード」の一作前のアルバムでは, ジョージは神を歌っているくらいです。
「Long Long Long」というこの歌の中で ジョージは「You(あなた)」と歌いかけていますが、普通の歌詞解釈では、これは男性が女性に呼びかけたことになりますが、この時の「You」は実は相手は神なんです。
  僕はずっとそう思っていたのですが、彼が後に自伝の本(I ME MINE)を出します。その中で彼は「僕がここで言っている(You)は神だったのだ」と書いています。彼は道を求めていたのです。

  さて再びアビー・ロードに話を戻しますが、ジョンが「もうビートルズなんか嫌だ、辞める」と言って、ポールが、がっくり来て「なんとか続けよう」という感じの時に、ジョージは「やった、やっとビートルズの枠が外れる」と思ったのでしょう。
  そのジョージの気持ちがこの「Something」に現れている気がするのです。 特にそれが顕著なのは間奏の部分です。ここでオーケストラに彼がギターでソロ演奏で共演します。これが一発録りで、一回でOKを取ったのでらしいのです。
      この時代、69年ですから、8チャンネル・トラックを使ってオーケストラとジョージのギターをバラバラに録ることは出来たのですが、そうして録れた一番いいテイクを機械で人工的に重ねる(オーバー・ダビング)といったことはしないで、オーケストラと自身のギターの演奏を共演して、一発でOKを取ってしまいました。それほど彼はこの頃自信に溢れていたんです。
  ではそれを聴いてみてください。

     ―Something-演奏
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5.ビートルズの革新とアルバムの歴史

 ここで「ビートルズの革新とそこにある福音」というテーマでビートルズのアルバムの歴史を話したいと思います。
ビートルズの革新とは
  何でここでいきなり「革新」がくるのかというと、先程のジョージのオーケストラと共演したギターの素晴らしさはお分かり頂けたと思いますが、この曲に於けるジョージのギターより、実はもっと派手に素晴らしいのが、リンゴのドラムです。
  リンゴ・スターというのは、最初から非常に変わったドラムをたたく人でした。東京公演の時、リンゴは下手糞だとよく言われて、いまだにベンチャーズが好きな人たちなんかは、「ビートルズよりベンチャーズの方が面白い、特にドラムはベンチャーズの方がいい」と言うのですが、よく聴くとリンゴ・スターのドラムは下手なのではなくて、考え方が違うのです。
  ビートルズは初めポピュラーの世界から出て来て、しかもそれがロックン・ロールだったものですから、スターがいてバックバンドがいるという形が一般的なポピュラー世界にいきなり飛び出して来たモーツアルトだったのです。

  彼らの考え方、やり方は非常にクラシック的なのです。
  例えばライブコンサートをやる時でも、彼らのドラムの叩き方も、リードギターの入れ方も、歌の入りかたも全部レコード通りなんです。ところが実際にはいかな彼らでもまったくのレコード通りに出来なくて、それで彼らはライブをやめてしまうのです。(もちろんそれ以外の理由も多々ありますが)
   ビートルズはポピュラーの世界にいながら、一時の流行では終わらないという考え方。それはレコーディングをする時に、クラシックで言えば楽譜、これを残していくという思想があってレコードを創っているのです。一曲一曲にそういう思惑があるのです。
   そういう考えを理解して聴くとリンゴ・スターのドラムは、叩き方がクラシック的というか、革新なんです。
  ロックンロールやポピュラーぽくない、今までに聴いたことがないから、「へた」とか「おかしい」ではなくて、今までにないものを作り出したのがビートルズなんです。だから革新なんですよね。
  ですから「Something」も普通ならドラムなど入れないようなバラードなのですがドラムをバンバン入れて、しかもそれが邪魔にならない、逆にそこで抑揚が出てきて曲が活き活きしてくるのです。

  つまりここでクラシック的要素とロックの世界のドラムが融合し、音楽の新しい世界を開いてくれた、新しい可能性を開いてくれたと思うのです。そこが彼らの革新部分なのです。
   その顕著なのが皆さまご存じの「Yesterday」です。あれはストリングスをバックに使っているなんて言われて、急にこの後ストリングズを使うバンドが増えたんです。 ローリング・ストーンズなんかも使いましたね。でもそれは考え方が違うのです。
  ストリングスというと弦楽器ですから「Yesterday」がそれを取り入れたことは変わらないのですが、バックとして使っているか、あくまで曲の一部として弦楽四重奏が在るかの違いがあるのです。
   つまりビートルズの4人の演奏に全く同等に入って来る弦楽、だから「Yesterday」は弦楽四重奏とビートルズなんです。ビートルズの曲の後ろでストリングスがバックとして入っているわけではないんです。ここが違うのです。

   さて、革新についてもう一つ「Help」という曲。これは彼らがアイドルとして人気の真っただ中にいる時に出した曲です。   アイドルともてはやされている時に自分の心境を「助けて!」なんて普通出しませんよね。そんな曲を。しかし当時、自分たちが伝えたいことが伝わらないジレンマを感じていたジョンが精神的ストレスに陥って、ひところ過食症で太っています。そこで「助けて!」と言っている。それをそのまま曲にしているんです。
  ジョンは以前から自分の心境を歌った曲を出していましたが、特にこれは「Help」というタイトルだから目立ちますね。それをポピュラーの中にこれをポンと入れ込んだこと、これが革新的なのです。(もちろんそれがヒットしなければ、意味はありませんが)
アルバム ラバーソウル
  次のアルバムは「RUBBER SOUL」と云うのですが、その中の「Norwegian Wood」、これにはインド楽器シタールが初めて入ってきます。
   また「Nowhere Man」、この曲ではポピュラーに見られる「Boy Meets Girl」つまり男の子が女の子とどうこうというテーマは全くなくて、「どこにもいない人間が、何の役にもたたない計画をして、何の役にも立たない行動をして、何の役にもたたない日々を過ごしているよ。ひょっとするとこれお前のことじゃない?」というような皮肉っぽい曲です。
  「The Word」という曲は、「その言葉」という意味ですが、ではその言葉は何か?それは「愛」なのです。ここでは男女の恋愛の「愛」はなく「愛」という言葉の概念について歌っているのです。 アルバム リバルボー
  次のアルバムは「REVOLVER」と言いますが、このアルバムでは「Tomorrow Never Knows」とか「Yellow Submarine」などの曲が含まれますが、「潜航」「潜航」なんていう歌詞にない言葉を入れたり、波の音のSEを入れたり、テープ・ループやコラージュの手法を取り入れたりと、今まで実験音楽でしか見られなかったようなことをポピュラー世界に持ち込んでいます。

  次は「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」というアルバムです。これはもう名前からして長たらしいのですが、それでも頭に残るような印象的なタイトルです。 実はこのアルバム前後に出たアルバム数枚には「Beatles」というタイトルが入っていないんです。
アルバム サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・バンド   それも一つのビートルズの凄さを象徴する出来事ですが、逆にこの「SGT. PEPPER~」のジャケットには花(ケシの花)文字で「BEATLES」と入っていますね。なぜか?
  実はこのアルバムでは『「BEATLES」というバンドが無くなって、「SGT.PEPPER'S LONELY HEART'S CLUB BAND」という新しいバンドが誕生した』ということが言いたいのです。
  このジャケット・デザインはビートルズのお墓を花で飾っているわけです。
  その後ろにビートルズ4人の会葬者(つまりサージェント・ルックに身を包んだ4人)がいて、更にその後ろには参列者がいるわけです。
  そういうトータルなイメージがアルバムのジャケットに表されていて、このレコードの内容は会葬者であるその新しいバンド「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」の演奏会になっています。というひとつのテーマで全曲が貫かれている、ということはクラシックと同じですね。
  
それまでのポピュラー・レコードは全てがシングル・ヒットを狙うことが使命でした。
  何年も活躍して、このシングル・ヒットが溜まって来ると、そのシングル曲を集めて初めてアルバムを作るわけです。もしくは大ヒット曲があればその曲をメインにあとは寄せ集めた曲で十何曲にしてアルバムを出していたんです。
  ところがビートルズは初期の2枚を除いて、次の「A HARD DAY'S NIGHT」あたりから、アルバムも基本的に彼らのオリジナル新曲発表の場でした。(シングルはデビューから新曲発表の場と決めていました。これもビートルズの革新の一つです)
  でも、それはまだ新曲14曲をまとめてという段階だったんですが、この「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」に来て、14曲が一つのテーマで成り立っている。ここでビートルズはポピュラー世界に革命を起こしたのです。

そして次に出したのが「THE BEATLES(通称=WHITE ALBUM)」と言って、ただの真っ白にしか見えないジャケットです。
ホワイトアルバム これが彼らの狙いでビートルズは白、白いキャンバスになんでも好きな色を描いていったのがこのアルバムだよと言っているのかもしれません。
  ではその描いた絵はなにか? このアルバムまではビートルズはロックン・ロール世界に属していたのです。しかし、ここにきて初めて世界に「ロック」と言う言葉が生まれます。そのロックと言う新しい音楽の可能性という絵をこのアルバムは見せてくれたのです。
  どういう可能性か?それはビートルズにとっての可能性ではなく、私達、何かをやりたい若い人たちに「自分たちがやりたいことをなんでもやっていいんだよ」その為の見本で「僕たちもやるからね」と出したのがこのアルバムだったのかも知れません。
  だからそれまではポピュラーでは表してはいけないような「Revolution(革命)」みたいなタイトルも平気で歌にしてしまう。しかもこのアルバムには「Revolution No.9」と言う11分の全く実験音楽的な音のコラージュの作品が入っています。それは殆ど曲とは言えません。だけどそれが非常にバランスがよく出来ているので聴いていて「あき」が来ないのです。
  そういうミュージック・コラージュまで入れて30曲、「あなたたちは自分のやりたいことをやっていいんだよ」という見本です。そしてこれをする人のことを「Rocker」と言ったとか。物を入れるロッカーではないですよ。

   そこで、遡って考えてみると、「ああビートルズがやって来たのはみんなロックじゃないか。ロックンロールじゃないんだ」ということになって、先の「SGT.PEPPER〜」のアルバムなんかも、ロック界の金字塔なんて言われたりするようになったのです。
アルバム アビーロード そして革新を告げる最後のアルバムが今日のテーマである「アビー・ロード」なんですが、このアルバムでは、「解散」のような、本来なら隠しておきたいような心情までボンボン暴露して、かつ、先程言いましたクラシックとロックをうまく融合させることに成功しているんです。
  いいものはルールに縛られないで、それが良ければ、新しい世界を切り開いていけるのです。だから誰でも何歳になってからでも自分がこれを突っ込んでやりたいんだという情熱があれば、それを出し続ければ人には通じて行くんです。
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6.三曲目『Maxwell's Silver Hammer』

  次は再びアルバム「アビー・ロード」に戻って、ポール・マッカートニーの「Maxwell’s Silver Hammer」という曲を聴きましょう。
     この曲は「マックスウェルの銀の斧」という題なのですが、これは寓話なんです。

  1小節目はマクスウェルと言う男がいまして、女の子に、「映画にいかない?」と誘うのです。女の子が外出の用意をしていたら、後ろで物音がして、突然マックスが現れて銀の斧でジョアンの頭をかち割っているという話です。
岡本講師  2小節目は学校でマックスが暴れまくって授業にならない。先生が怒って、マックスに居残りさせます。黒板に「もう悪さをしません」と何十回も書かされているわけです。先生が真面目に書いているなと外した時、いきなりマックスが銀の斧で先生の頭をガーン。
  3小節目は警察官がマクスウェルを捕えて、裁判になる。判事が判事が「黙って、静粛に!」と傍聴席の方をちょっと見た瞬間に、後ろに忍び寄ったマックスが、判事の頭を銀の斧でガーン。
   つまりこれは何を言っているかというと、「僕にとってビートルズの解散は晴天の霹靂だと。ずーっと世の中上手くいっていると思うと、いきなり不幸というものは来るのだよ。」という寓話にのせて「解散というのは俺にとってはショックだよ」ということを歌っているのではないでしょうか。凄い曲です。

  ―Maxwell’s Silver Hammer-演奏  
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7.ビートルズのファッション

  次はビートルズのファッションについてです。
なんでこの話をここに入れるのかといいますと、例えば、解散という深刻な状況を寓話を入れて茶化してしまうというようなところがビートルズのビートルズらしいところでもあり、ファッションも表現手段として初期の頃からいろんな場面で彼らはファッションをうまく活用して来たのです。
ビートルズのファッション
  一番最初彼らはアイドルとして売り出しました。
  当時は「音楽だけは俺達がやりたいようにやるけれど、それ以外のことはよく分からないからマネージャーにおまかせ」というところがあった訳です。ですからマネージャーはイギリスのお稚児さんとか紳士のイメージで、アイドルとして売り出した方がいいと考えたわけです。
  それまでは彼らはロックンローラーでしたから、上の一行目左から2枚目のアルバムにあるように黒のタートルネックで真っ黒ずくめでやっていたわけです。ところがマネージャーがついて、「全世界で一番になりたいんならロックンロールなんて一部の人しか気に入らないような音楽に凝り固まっているようじゃ駄目だぞ。もっとみんなに受け入れられることが大事だ」と言われ、それを彼らは学ぶのです。

   学びながらも反抗しているのがジョンで、ポールはすぐ順応したらしいです。
  二行目左の4人がスーツ姿で立っているジャケットはアメリカのデビュー盤ですが、ちゃんと皆スーツ姿でしょう?でもジョンはネクタイが緩めなんです。するとポールが「おいチャンとしろ」と言って締めにいっていたようです。
 そのくらい初めは4人お揃いで、つまりユニフォームで色々なところに出たわけです。そして写真を撮る時は必ず笑顔で、これもアイドルの原則です。
  でもそれに彼らが唯一反抗していたのが長髪です。これが全世界で「ビートルズは不良だ」と言われるきっかけになったのです。

  でもこのスーツ姿を見ても黒のタートルネックの写真を見ても、全部耳が見えているでしょう?単に髪の毛を前に降ろしただけですよね。これを7,3に分けたらサラリーマンより短いくらいです。髪の毛を前に降ろす、これはユニセックスなんです。子供や女の子しかしない様なおかっぱ頭を大人の男である彼らがやった。それは一般の男からは規格外なんで不良と決めつけられ、はじき出されようとなったわけです。
  それでも彼らは長髪だけは絶対に妥協しなかったのです。
  そして次がアイドルからの脱皮、それが右上の「RUBBER SOUL」というアルバムからです。
  これはまだアイドル時代、日本講演に来る前です。4人全く同じ格好ですね。しかし彼らの顔を見てください。長細い顔で、一人も笑っていません。つまりここで彼らは主張しているわけです。
  ジャケット写真を使って「もう俺たちはアイドルなんかじゃないよ」と言っているわけです。

  さて、次のアルバムですが「BUTCHER COVER(ブッチャーカバー)」といいます。
ここまでのイギリス本国での彼らのアルバム発表枚数は6枚でした。ところがアメリカとか日本ではアルバムが8枚とか10枚とか出ていたわけです。シングル盤でも8枚くらいしか出していない時に、もう20枚くらい出ているのです。
  それは、レコード会社がアルバム3枚の14曲づつをばらばらにして新たに11曲くらいでアルバムを作り直すのです。すると9曲余りますね。それにシングル2曲と併せてまた新たなアルバムを1枚作ってしまうなんてことをやっていた訳です。

  ビートルズはアルバム1枚一単位としての発表にこだわっていました。だからたとえアルバム内にいい曲があってもシングル・カットはしなかったのです。ところが世界のレコード界はそれを平気でシングル・カットしてシングル盤を出していたし、曲数を減らし、つまり1枚のアルバムをバラバラにして、シングル盤とも寄せ集めたりして、新たなアルバムを作ったりしていたのです。
  それに対して彼らは抗議しました。 「ブッチャーカヴァー」と言われた左下にある4人が前を向いた写真のアルバムは、この各国の勝手なシングル・カットや、アルバム枚数の水増しへの反抗でした。自分たちのアルバムを守ってくれない企業に対して挑戦しているのです。
  「アルバムをバラバラにすると俺たちの意思が伝わらない。バラバラにしないでくれ」とこのアルバム写真で言っているわけです。
  「ブッチャー」というのは「豚の屠殺人」という意味です。つまり、豚の屠殺人の衣装を着て、肉や人形をバラバラにして、アルバム内の曲をバラバラにするとは、こういうことで、ひどいことになると、抗議をファッションで見せている訳です。

   さて、次は、彼らがライブ活動を止めてから数ヶ月経って発表した広報用写真です。
  ここにきて彼らはっきりと「俺たちは芸術家であってアイドルではないよ」ということを宣言しています。
  アイドルの条件は、まずはひげを伸ばさないことです。そして眼鏡をかけない。そして笑顔である。未婚である。このよう女の子に好まれる像を作るのがアイドルの条件なんです。
  この写真は、そのどのタブーをも無視していることで、ビートルズの新しい出発をファッションによって見せているのです。

  さて、次はアルバム「SGT.PEPPER'S LONELY HEART'S CLUB BAND」です。 このジャケットでは、ジョンは眼鏡をかけていますし、4人ともひげを伸ばしています。先の写真は彼らのアイドルからアーティストへの変化でもありますが、実は次に発売される「SGT.PEPPER〜」というアルバムを出す伏線でもあった訳です。
  「SGT.=Sergeant」というのは軍曹という意味ですが、衣装としてはナポレオン時代の軍服を着ています。これは将軍服なんです。将軍だったらひげを伸ばしても当然だからという訳です。そしてバンドですから当然4人は武器でなく楽器を持っています。楽団なのです。
  その楽団の演奏会だよというのがこのアルバムのテーマなので、ここで彼らはファッションを中身(曲)のテーマ&タイトルと一致させているんです。

  さて次は、今度はその衣装を見たらその人のやっていることが分かるという衣装のアイコン化を利用してある仕掛けが行われます。それが最後のアルバム「アビー・ロード」です。
  このアルバム『ABBEY ROAD』の4人をよく見てください。
アルバム アビーロード   衣装から職業が分かるということを逆手にとって、世界に対してジョークを投げかけています。

  そのジョークは何か?[ポール死亡説]です。
  「ポールは死んでしまった。それはこのアルバムを見れば分かる。先頭のジョン・レノンが真っ白な服を着ている。これは聖職者です。
次にリンゴ・スターが正装している。これは会葬者です。
ポール・マッカートニーは左利きなのに右手にタバコ持っていて、裸足ですね。これはインド北方、ヒマラヤ地方では死者を表すスタイルです。
鳥葬では靴を履いているとその靴部分を鳥が食べられないから死者を裸足で葬るのです。だから死者は裸足なのです。(彼らがインドへ行った時にそう言う話を仕入れて来たのでしょうか)
そして最後のジョージがジーンズの上下で、墓掘り人夫です。
そして彼らの後ろに駐車しているのがフォルクスワーゲン社のビートル(=ビートルズ=カブトムシ)です。
そして、この車のナンバープレートは「28-IF」と書いてあります。
  それは「ポールがもし生きていたら28歳です」ということを暗示している」と言われたのです。
  1969年頃、約半年間に渡って、世界中でいろいろ話題になりました。

   ここまで言ってきたのは、ファッションをアイドルとしての見せ方から始まって、ひげなどを伸ばしてアイドルから脱皮していって、企業に対して反抗も見せながら、ファッションを通じてサイケデリックというアートの世界も巻き込んで自己主張と変化を見せながら、というふうにファッション界でもビートルズは世界をリードしていったわけです。
  そして最後にどんでん返しで「ポールはもう死んでいたよ」という話をぶちあげて世界を煙に巻く、といういかにもビートルズが音楽以外にも見せたファッションの世界に於けるセンスのいいお遊びでした。
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8.四曲目『Oh! Darling』

   ファッションのお遊びの話があったところで、次の曲に移りましょう。
   次の曲は「Oh! Darling」です。 この曲はまさにポールがジョンの「お前たちとはもう一緒にやらない。ビートルズは解散だ」ということに対して、「もう一回頼むよ。なんとかもう一回一緒やらない?傷つけたりしないから」と「No hurm! No hurm!」と何度も何度も絶叫します。
  この曲は歌詞を訳して見て初めて分かりましたね。なんでポールが、わざわざ声をつぶして歌っているのか。
  彼は一週間かけて毎朝大声を出して声をつぶしてこの録音に臨んだそうです。なんでそこまでしたのか、それはジョンに、「別れないでもういちどやってよ、君を傷つけないから、もう一度一緒にやろうよ」という気持ちを切々と歌う為だったのです。
  それをラブソングに乗っけて歌うところが凄いですね。では「Oh! Darling」を聴いて頂きましょう。

  ―「Oh! Darling」―演奏
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9.五曲目『Octopus's Garden』

  次はリンゴ・スターです。彼は解散ということについてはどっちでもいいという立場でした。
  「君たちがいつも仲良く、いい曲を作ってくれれば、その後ろでやるのが僕の仕事だから」という感じで傍観者でいるわけです。しかし3人があまりにも喧嘩ばかり、わあわあとやっているもんですから、いたたまれなくなって、それをそのまま歌にしたのがこの「Octopus’s Garden」という曲で、「僕は海の底のタコ壺で暮らしたいよ」という曲です。
  「そこで友達を呼んで静かに楽しく暮らしたいよ」という彼の気持ちそのまま歌っています。彼は「Yellow Submarine」がよっぽど気にいったんでしょうね。この曲の雰囲気は「Yellow Submarine」に大変よく似ています。
  両者とも海の底が舞台というのもありますが内容的にも似ています。でもこれはリンゴが自分で作った曲で、2曲目です。これがあるので「リンゴもやっぱり凄いんだな」と私達の意識を変えたくらいいい曲です。彼にも隠れた才能があったのですね。

      ―「Octopus’s Garden」―演奏
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10.六曲目『I Want You』

  でA面の最後の曲「I Want You」になりました。
  ここではジョンは解散のことは全く語っていなくて、ただ「俺がやりたいことは何か。俺はオノ・ヨーコが欲しいんだ。」とそれしか歌っていないんです。
つまりこれがジョンがビートルズを解散に持って行く動機の一つでもあるんですが、このジョンのいわば身勝手な思いは、ここまでの曲とは違ってかなり強烈です。
  この歌詞も凄いです。ほとんど「I Want You」と「She’s So Heavy」しか言っていないんです。だからジョンは詩を書く能力が無くなったのかと言われたくらい何も言っていません。そしてそれが延々7分半以上続くのです。
  ビートルズとの決別をとにかくはっきりと表明したいというジョンの思いがこの曲の後ろには見えてきます。

  解散をポールや周りに話しかけた時「その話は今は公にしないで時期を見てと」止められました。それでジョンは、ここで思いっきり「俺はヨーコだけなんだ」 と、強調したのかもしれませんね。 これがまさに、ビートルズなんですね。
  音楽的法則に縛られないという自由、ポピュラー界の制約からの自由、そして自分達のやりたいことはドンドンやってしまう自由、 そしてそれが、全く音楽的レベルの高さに影響しないどころかますます高みへ登っていく。
  ロックを芸術化したビートルズと言われますが、そこに更に、彼らはポピュラリティー、つまり人気も絶対的に上昇させていきます。このことが大事で、いくら彼らがやりたい事をやっても、人気がなくて誰も知らなければ何もやらないのと同じ。彼らはやりたいことを誰もが魅力的と思える形で発表し続けました。

このことが、私達に、どれだけ、やりたいことを大人の常識、社会通念、そして若いから、という理由で断念しなくてもいいという勇気、行動意欲を与えてくれたかと言うことです。こうして今に続く、社会は大人と子供だけではなく、若者も存在することがみえてきました。主張する若者が社会をリードする世の中へと変わっていったのです。
  それと今日僕は「Come Tegether」のところで言いましたが、この「I want you」でも終りの方でポールのベースとリンゴのドラムが遊んでいます。この遊びがビートルズらしいのです。ロックやジャズで言うアドリブっぽいんですが、ビートルズのこのお遊びは、このままクラシックの楽譜に匹敵する程、完成されたお遊びなのです。
では「I Want You」を聴いてください。

  ―「I Want You」-演奏
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11.終わりに

  こんな終わりかたをします。唐突でしょう。
  この終り方がショックですよね。こうしてレコードのA面が終わるのです。 ところがCDではすぐ次のB面の一曲目が出てくるのです。これでは意味がないですね。
  レコードの時は「えっ!これで終わるか?」とびっくりして、しばらくして我に帰り、B面にレコードの針を架け替えないと始まりません。これがレコードの時の醍醐味ですよね。 そしてこれからB面が始まるのです。

  B面の各曲ははメドレーですが、僕にとってはシンフォニーなんですけど、全曲続いて切れ目がないんです。
  時間が来ましたので、B面については次回PART 3で聴いて頂きたいと思います。これはすごくきれいな曲の連続です。英語なんか分からないでも、曲として楽しんで頂くだけでも素晴らしい曲です。では次回をお楽しみに。 (拍手)


文責:臼井良雄・岡本 備
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:臼井良雄


本文はここまでです



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