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平成23年4月22日 神田雑学大学定例講座NO547 


江戸城を再建する

-後世に伝える、この国の宝としてー

江戸城図

講師:NPO法人「江戸城再建を目指す会」

理事長 小竹 直隆




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画鋲
はじめに
「何処に、あったの?」「それを、どうするの?」
だれが、そんな大それたことを
東京は世界都市か?
日本は、何処に行くのか?
3つの目的
第1のミッション(目標)
第2のテーマ:観光立国
世界はいま、大交流時代
観光は世界最大の産業
今後の運動展開
広島大学大学院、三浦正之教授
江戸城が再建されれば、東京の都市景観は一変する
日本は、何処に行くのか?



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はじめに
素朴な疑問があります。大阪、名古屋にお城があって、何故、東京に「お城」がないの?と聞かれることがあります。「ない」のは事実ですが、「嘗ては、立派ンお城があったのだ」と言うところから、話を始めたいと思います。

東京にお城?

「何処に、あったの?」「それを、どうするの?」
およそ350年前、1657年の明暦の大火で、江戸城寛永期の天守閣が焼失しました。
いまは、その天主があった台座だけが修築されて、皇居の東御苑に遺っていますが天主閣は、その後350年間、再建されないままに今日に至っています。

「何を、どこに」・・と言われれば、本来、そのお城が建てられていた場所つまり現在の皇居東御苑に遺された台座の上に、天守閣を再建することが出来れば、歴史的遺産の復元・・と言う意味では、それが、一番、望ましい・・といえるのではないでしょうか。
しかし、場所が場所だけに、それはいかがなものでしょうか。

何を、何処に

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だれが、そんな大それたことを
わたしは怪しいものではありません。
再建運動を始めた提唱者として・・ささやかながら、これまでの略歴をご紹介します。
特に1997年から5年間、東京都、東京商工会議所、民間の3者で創った第3セクター
TCVB(現在の東京観光財団の前身)の初代専務理事として、都市東京を世界に売り出す仕事をしましたが、世界の人々から「東京には何の魅力があるのだ。」との質問が浴びせられる中で、「東京には、世界の人々がそれを認める、国を代表するシンボルが無い」・・
おいうことを思い知らされました。

江戸城寛永度天守の再建を

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東京は世界都市か?
東京は、世界を代表する5つの“世界都市”のひとつと言われていますが、本当に東京は世界都市と言えるのでしょうか。事実、東京を除く4大都市には、  

・ニューヨーク:自由の女神     
・ロンドン:バッキンガム宮殿
・パリ:ベルサイユ宮殿       
・北京:紫禁城
など,悉く、その国の歴史と伝統、文化を代表するモニュメントがある・・しかし、東京には、何があるのか?・・「このままでは、東京は、世界の都市間競争に負けてしまう・・」
どうしたら良いでしょうか。

・いや「無い」とは言えない。「あったのだ。」・・事実、この東京には,嘗て、正に日本を代表する歴史と伝統、文化を体現する歴史的な記念碑があったではないですか、何としても日本の首都・東京に、この国を代表するもモニュメントを再建しなければ・・」それが、今日に至った、そもそもの初心です。

東京は、世界都市?

日本は,何処に行くのか?
「江戸城を再建したい」とは言え、私は決して、所謂「箱もの」を作ろうとしているのではありません。むしろ、「江戸城」にシンボライズされる、世界に類を見ない、この国の伝統と文化を育んできた、日本人の[心]・・つまり、日本人のアイデンティを取り戻したい・・それが、最大の動機ずけと言っても過言ではありません。

部屋の様子

その意味で、嘗て世界有数の経済大国として光り輝いていた日本は、いま何処へ行ったのか。また未曾有の大震災を経て、これから日本は何処へ行こうとしているのか?私が、一番、憂慮しているのは、次の二つです。

(1) 「絆」という「ヨコ糸」が、切れかかっている。
 小竹講師日本は、“無縁社会”になりつつある・・と云われています。事実、この国は、地縁、血縁、職縁がお互いの心をつなぎ合わせていましたが、その「絆」がバラバラになろうと
しているのではないか、それだけではない。

(2) この国の「タテ糸」が見えなくなっている。
いま私たちは、グローバリゼ―ションの大波の中で、豊かさを追い求める物質文明と進歩という名の近代文明の虜になった。この国の美しい風土と、香り豊かな伝統と文化、生活習慣は、どこかに行ったのか。でしょうか、長い歴史が育んだ、その掛け替えのない伝統と文化が軽んじられていけば、日本の「タテ糸」はズタズタに切られていく・・

このように、「ヨコ糸」と「タテ糸」が切れ切れになっていくとしたら、美しい織物を紡げない。
「ヨコ糸の絆」と「タテ糸」の伝統と文化を大切にする国でなければ、日本という「織物」は、何処にいくのか。特に、この「タテ糸」を大切にしたいという思いが、「江戸城」を再建して、この国の「宝」を後世に伝えていきたい・・それが、私たちの願いです。
 
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3つの目的
このような考え方から、私たちは、3つの使命(ミッション・目的)を掲げて、ここまで再建運動を進めてきました。それは

(1) 日本の伝統と文化を、国の宝として後世に伝承し、日本人のアイデンティティを取り戻す。
(2) 魅力ある国づくり「観光立国」の国民的シンボルにする。
(3) にほんと世界の人々が、親しく交流する拠点をつくりたい。
 
3つの目的、使命

1のミッション(目標)
・この国の伝統と文化を見直そう・・近代化と国際化の波の中で、見失われつつある、日本らしさ、日本人のアイデンティティを取り戻したい。(以下略)
日本人のアイデンティティ:嘗ての日本外国人特派員協会会長だったカルフ・ウォルフレン氏曰く、「日本人は、日本を愛していない・・それは、日本人が自分の国の歴史を忘れたからだ。もうひとつ、

1876(明治9年)に来日した仏人エミール・ギメ(エミール・ギメ博物館の創始者)は日本の開国という本の中で、こう言っています。「日本人は(明治維新で)長い歴史が育んできた、類稀な伝統と風俗、習慣を忘れ去ろうとしている。いつか、それを取り戻そうとする時がくるのではないか。私はこの国の為に、その日が来るのを願っている。」

1993年に出版され、2001年9月11日の世界を震撼させた事件を予告したとされる「文明の衝突」の著者、サミュエル・ハンチントンは、国境を越えて広がる世界8大文明のなかで、たった一つの国で、世界に類を見ない文化、文明を持っている国がある。それは日本だ・・と言明している。そのことの意味を、私たち日本人は忘れつつあるのでないでしょうか。

失われた日本人のアイディンティティ

日本の伝統と文化を見直そう!

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第2のテーマ:観光立国
・日本はいま、人口減少と産業構造の変化によって、21世紀に目指すべきこの国のかたちが見えていません。成長の鍵を握るのは、内需振興の活性化であり、その中核に位置づけられるべきは観光立国でないでしょうか 

第2のテーマ:観光立国

時代はいま:
・20世紀前半は武力の時代、後半は金力の時代。しかし、21世紀は魅力の時代といわれています。(東京大学月尾嘉男名誉教授)

・魅力とは何でしょうか、それは、3000年前に書かれた中国の[易経]の中に書かれた観光ということばの中にあります。人々を惹きつける「光」をつくる、国の光を観る
・・それが、魅力の時代の力の源あのではないでしょうか。

時代はいま


世界はいま、大交流時代
・世界は、いま、観光と外国人誘致を巡って、国と都市が大競争をしています。
・・しかし日本は、海外旅行は一流(最近はこれも二流になりつつありますが)、外国人誘致は三流に甘んじています。

世界はいま:大交流時代

・訪問外国人の世界の動きといいますと、1990年に、中国は1700万で12位、日本は320万人で世界の23位でした。2000年には、中国は3100万人で世界5位に躍進しましたが、日本は逆に480万人で世界34位に後退しました。

訪問外国人の世界の動き

・来訪外国人の世界比較はといいますと、その後、2008年に、中国は5300万人
 で世界第4位、日本は830万人で世界の34位に止まりました。
 つまり、日本は世界大交流時代から取り残されつつあると言えます。

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観光は世界最大の産業
・観光は、傘の下にたくさんの雇用機会を生み出す“アンブレラ”産業と言われます。
 事実、行く,泊る、食べる,観る、買う、遊ぶ・・などすべてが広大な経済波及効果を
 生み出します。観光は教育、医療と並ぶ、世界最大の産業といわれまが・・しかし、
 日本では「物づくり産業」の後塵を拝して、2流、3流産業と軽視されているのではないでしょうか。

観光は世界最大の産業

・ここで、これまでの道のりを申し上げますと、何の政治的、思想的、資金的なバックを持たない、一市民団体として、2007年3月、東京都の認証を得てNPO法人を設立。
 2011年4月には、税法上の優遇処置を得られる「認定NPO法人」に認定されました。(2011年1月末現在、会員総数は2020名に達しました)

・NPO創設時のマスコミの反響としてサンデ―毎日、東京新聞、選択などに大きく取り上げられ、最近はまた日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞などでしばしば、取り上げられています。

NPOの創設時のマスコミの反響

今後の運動展開
現在は、各界各層に“草の根”運動の輪を拡げる第3段階にありますが、今後、3年乃至5年後に、国民的な運動の広がりの中で、「再建を目指す会」を「再建する会」に移行発展させる(第4段階)を経て、築城再建(第5段階)を目指します。

今後の運動展開の発展イメージ

・寛永度の天主再建を(寛永度天守のCG外観図・南東正面)
どんな「城」をつくるのか。私たちが再建を目指しているのは、寛永度天守閣で、それは、こんなに壮大で、美しい城でした。

寛永度天守の再建を

・私たちは、世界類を見ない、この国の伝統とシンボルとして国の宝を後世に伝えたいのです。それだけに、国民的コンセンサスを得て、皇居東御苑に残された台座の上に再建されることを願っています。

何を、何処に

・ここで過去の歴史を振り返ってみましょう。
・1657年、世界最大の都市・江戸を3日3晩焼き尽くした明暦の大火により、江戸城寛永天守閣は、焼失しました。再建の話もありましたが、その後再建されることもなく 今日に至っています。

明暦の大火

・江戸城寛永度天守は、1638年(寛永15年)に建立されましたが、その時の棟梁が書いた、たった一枚の「絵図」すなわち、「建てる地割図」が今日に至るまで失われることなく、遺されていました。それは当時では、遺跡と言われています。

一枚の縦地割図

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広島大学大学院 三浦正之教授
・「日本の城」や「城の作り方字典」などの著者で知られる、広島大学大学院の三浦正之教授との“赤い糸”でむすばれたかのような、出会いがあって,初めて、この「建地割 図」から、寛永度天守の復元図が作られました。

日本の城

・建地割図から復元された「復元図」は12枚。内訳は、平面図6枚、立面図4枚、断面図2枚の計12枚で、そのうち、もっとも復元が難しいとされた2枚の「断面図」も広島大学大学院三浦正之研究室の手によって,史上はじめて再現されました。

寛永度江戸城天守、断面図

天守閣の高さを比較してみますと、一番左が大阪城:30メートル、その右、姫路天守が
31.5メートル、それに対して江戸城寛永度天守の高さは、実に44.8メートル、台座を含めると、全体の高さが約59メートルで、史上最大、最高のものでした。

・寛永度天守の屋根は,銅かわら葺き。外壁は白漆喰塗り(雨よけ銅板の上に、松やにで 黒ちゃん塗り)外観では鉄砲ハザマや石落としなど戦のシンボルはすべて、隠されており、戦争の時代は終わった・・という天下泰平のシンボルでした。 

主な天守閣の高さ比較

寛永度江戸城天守 復元図(仮)南向き正面図

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江戸城が再建されれば、東京の都市景観は一変する
森ビルの、山手線電環内の1000分の1に縮尺された「都市模型モデル」の中に、皇居東御苑に遺された台座があり、その台座の上に、当会が所有している「模型」が置かれています。 

江戸城が再建されれば・・・東京の都市景観は、一変する!!

三浦教授の特別講演会 

2010年6月17日、広島大学院三浦正幸教授特別講演会

壮大で、美しい寛永殿天守閣 

寛永度天守

全国マスコミに報道されたCG発表会の記事 

マスコミで報道されたCG発表会の記事""

CG映写
平成22年6月17日、「寛永度天主は、こんなに壮大で美しかった」をテーマに、広島大学大学院の三浦正之教授の特別講演会が開かれ、12枚の復元図をもとに、史上初めて、当会を通して、株)エスが製作したCG(外観図4面と内観図の一部)が公開され、殆んど全てのマスコミ各紙に大きく取り上げられました。 

日本は、何処に行くのか?
 私たちは、所謂、箱物を作ろうとしているのではありません。失われつつある、「よこ糸」と「たて糸」をつなぎ合わせて、日本人の心を取り戻したい。それが、私たちが進めている、
「江戸城天主再建」の心です。皆さんのご賛同とご支持を頂ければ幸いです。   (完)  


文責:得猪外明
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


本文はここまでです


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