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平成23年6月3日
神田雑学大学定例講座N0552


メキシコ湾原油漏出事故の顛末を語る講師猪間明俊氏


目次
イラスト画像の画像
メニューの先頭です 講師プロフィール
1.はじめに
2.事故の発生場所と掘削リグ
3.事故の概要
4.考えられる事故原因
5.原油漏出、回収状況
6.流出阻止対策
7.事故に関わる費用
8.事故の影響
9.質疑応答



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プロフィール

  猪間明俊講師
1937年生まれ。東京都出身。 1960年東京教育大学理学部地学科卒。地質学、古生物学専攻、理学博士。
卒業後すぐ石油資源開発株式会社に入社。一貫して探鉱、開発事業に従事。
海外駐在4回計7年半。仕事で訪れた国20カ国を数える。
2005年東シナ海ガス田開発問題が起きた際には、激昂する日本世論を沈静化すべく、専門家として積極的に発言を行なった。
現在は各種NPO活動に参画悠々自適の生活。
著書に「石油開発の技術」「やぶにらみ油探鉱論」「アンデス越えて」。訳書「燃える水」「中国石油工業史」

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1.はじめに

  この前お話したのは平成19年でしたね。今日の話はもう少し早くしたいと思っていたのですが、3月に東日本大震災、未曽有の天災が起きまして、日程が延び延びになってしまいました。
メキシコ湾の原油流出事故というのは史上最大の油流出事故で、その賠償金も大変なことになった事件で、去年の世界の重大ニュースの中でトップクラスにランクされるものでした。
しかし先日の東日本の大震災は、天災の部分については復興に莫大なお金がかかることは明らかですが、付随して起こった原発の事故の方は多分復興以上にお金がかかることではないかと思われますね。それから見ると今日お話する、原油流出事故の損害なんてのは何かちっぽけな感じになってしまいましたし、また事故としても解決してからもう半年以上たってしまい、ちょっとニュースバリューも無くなってきているという状況もあるわけですが、一応どういうことが起きて、どのような影響を人間の社会に与えるのかというお話をしたいと思います。

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2.事故の発生場所と掘削リグ

  事故が起きたのは去年、2010年4月20日午後10時ごろ。場所は右の図。衛星から撮った写真で、雲なんかも写っていてちょっと見難いですが、左上の黄色く繋がっている所が北米大陸のメキシコ湾地域南岸で、右端の陸地がちょっと垂れ下っている所がフロリダ半島の付け根になります。真ん中近くに陸地から大きくはみ出している部分が見えますが、これがミシシッピー川のデルタです。そして流出事故はその右下、赤い丸がついている部分です。地図ではずいぶん陸に近く見えますが、ミシシッピーデルタから84kmもあるのです。この場所の水深は5000feetでした。

(画像をクリックすると大きな図が出ます)

メキシコ湾地域衛星写真    事故が起きた井戸は、メジャーのBPが65%、それにAnadarkoというアメリカの会社のグループが25%、そして日本の三井石油開発という会社が10%の権益を持って、お金も持ち合って掘った井戸で、Macondo Prospect という地質構造での試掘一号井でありました。
   井戸の名前は長ったらしくてMississippi Canyon 252-#1-01というもので、200910月9日に始まったのですが、なにか理由があって中断、2010年2月に作業を再開して80日目の事でした。
   この井戸は9620万ドルの予算で掘り始め、ようやく石油が出ることになったのです。この時使っていた掘削リグはTransocean社のもので、これは多分世界で一番大きい海洋掘削会社で、100基近いリグを持っている会社です。それのセミサブリグDeepwater horizonという名前のリグでした。

   海で掘る場合、普通人工島を作って、陸上から掘削リグで掘る場合と、櫓を備えたドリルシップと呼ぶ自走式の船から掘っていくケース、それともう一つがジャッキアップタイプという、作業フロアの四隅に伸縮できる足がついていて水深に応じて足を出し入れして海底に固定して掘削するタイプのものがあります。このタイプのものは足の長さがせいぜい100メートル以下ですから大水深のところでは掘れません。ところがこのセミサブリグというのはもっと水深の深い所を掘る為のもので、これには浮きがついていまして、この浮きの上に人工島みたいなフロアーがあって、そこに櫓が立っているものです。セミサブリング上空よりの写真
これはジャッキアップ同様自分では移動出来ません。船で曳航して移動するものです。右がその写真ですが、下に白く出っ張って見えるところの下の板のように見える部分が浮きの部分です。掘る場所に到達するとその浮きにバラスト水を入れて全体を半分沈めて安定化させます。
   問題のこのリグは稼動水深10000フィートと言われています。3000mの水深のところでも掘れるというものです。どれだけの重量の掘削機具をその船がつりさげることが出来るかということで最大掘削深度能力が決まってきますが、このリグの掘削能力は30000フィートと言われていますから、約1万mの鉄管をぶら下げて作業することが出来るということです。大きさがばかでかいのです。120m×82m、東京ドームの観覧席を含めたくらいの大きさのリグです。
韓国で建造され、建造コストが3.65億ドル、 2001年に就航しました。このリグはBPがこの井戸を掘る直前に、35,050フィートという石油掘削井戸の世界最深記録を作っています。

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3.事故の概要

   事故が起きたのは深度18,000フィート、水深を差し引くと13,000フィート位です。井戸が掘られますとその中の管を通じて計器を降ろし、井戸の周りの地層の電気抵抗とか密度とかを計るのですが、非常に良好な油層らしきものが沢山あるということが分かったのです。

(画像をクリックすると大きな図が出ます)

爆発炎上するリグ
   ところがスケジュールの関係でもあったのか、生産テストをすぐには行なわず、後日行うことにして、当面井戸をそのままにしておくための仮廃坑という作業を行なっている最中に、ブローアウトと言っているんですが、ガスが噴出して爆発炎上してしまったのです。    御覧のように黒煙を上げて炎上し、爆発からわずか36時間で沈没してしまいました。
   このリグにはこの時126名の人が働いていましたが、うち死者11名、負傷者が17名出ています。死者のうち9名がTransocean社の社員、残り2名がサブコントラクターの人で、BPの人は亡なりませんでした。126名の中にBPの人はわずか7名しか乗っていませんでした。石油会社は監督したり分析したりするだけで、実際に掘る作業はしていないのです。

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4.考えられる事故原因

   これは難しいのです。リグそのものが海に沈んでしまったわけですから。色々な測定データも計器もみな沈んでしまったのです。
乗っていた人達への口頭での調べしか出来ません。
嵐があったわけでも隕石が落ちてきたわけでもないですから、間違いなく人災なんです。
   福島の原発は人災だと言われていますが、真の原因はあれだけの大きな津波が起きたことで、津波学者でもあの場所であれだけ大きな津波が発生することは想像もしていなかったほどの大津波です。ですから天災であった部分が80%はあると私は思います。
   色々聞き取りをやった結果、原因が8つくらいありそうだということが分かったそうです。細かい技術的な話をしてもなかなか理解できないので省略しますが、その内5つが人為的ミスで、いわゆる判断ミス、操作ミス、不注意に属するもので、あとの3つがメカニックスの不調で、整備が悪かったとか点検不良があったのではないかと分析されたようです。
   石油の井戸の内部構造はこの模式図のようになっています。
この横線が海底です。上には海水が1500mあるわけです。ですからここにいきなり掘削パイプを降ろして掘っても海水が入って来てしまいますから、海水を遮断するためにライザーという太いパイプを海底から海面までセットします。その中にビットを下ろして掘るわけです。
   1万メートルも掘るわけですから、最初は大きなビットで掘るのです。これが断面図ですが、この太さのビットを下げまして、ある深度まで掘ります。
   そこでケーシングと言う鉄のパイプを入れて、それをセメントで固めるのです。セメントで固めておかないと側から崩れてきたりしますから。
そうした後で次の太さのビットを入れ、またある深度まで掘り、またもう一皮ケーシンを入れてセメントで固めるのです。そして更に小さい径のビットで掘っていくということを繰り返します。
   こうやって右図のような断面の井戸が出来るわけです。ケーシングを入れた井戸断面図ご覧のようにケーシングはものすごく沢山入っているのです。一番上が36インチ、次が28インチ、次が22インチ、18インチ、16インチ、13インチ5/8、11インチ8/7、10インチ7/8というところまで入って、一番下に7インチのケーシングを入れています。これはいわゆる仕上げケーシングです。

   さて、例えばここに大変良い油層が発見されたとします。するとそこをまずセメントで覆って油が出てこないようにします。
次にその油層部分に弾丸を撃ち込むのです。そして鉄管に孔を幾つか開けるのです。実際は弾丸ではなくて火薬ジェットでガンパーと呼んでいます。
その孔を通じて地層の中の流体が上がって来る、そういう仕掛けになっています。この油層部分を覆うケーシングを仕上げケーシングと言うのです。
   ともかくガスが出てきて引火爆発したわけですが、実はどこからこのガスが出てきたのかはなかなか分からないのです。何故なら、まだガンパーを打っていないからです。下の方のどこからかガスのありそうな所から漏れて上がって来たのです。
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5.原油漏出、回収状況

  4月22日、海上で原油を確認しています。
4月24日にROBという無人海中観察車を海底に降ろしまして、遠隔操作で海中での状況を見ることになりました。
   1500mの海底は真っ暗です。ライトをつけて作業するのですが、何機ものROBを事故の場所に降ろして遠隔操作で作業するという のも大変な作業ですね。その結果海底に沈んでいるリグやパイプの状況が明らかになりました。
それが右図です。

(画像をクリックすると大きな図が出ます)

海底に沈んだリグとパイプの位置    海の上に作業船が2隻浮いています。海底の一番左側は沈んだリグです。右下に橙色の四角があって下に橙色の線が出ていますが、これが井戸です。リグはここから1300フィート離れたところに落ちていたそうです。
この井戸とリグの間にライザーが横たわっていて、リグの近くでは450mほど立ちあがってトグロを巻いているようになっていたそうです。
このライザーとそこからはみ出している鉄管の先のところから原油は噴き出している。さらに井戸の口元にあるBOP(防噴装置)からも 噴き出していることが分かりました。
ライザーから1日1000バレルの漏出を確認しましたが、5月5日になってとうとう海岸に油が漂着しました。

   最終的に約3か月かけて流出を止めたのですが、流出油漂流域は最大で20万平方キロに達しました。これはなんと日本の本州全体とほぼ同じ広さです。
オイルフェンスでの囲い込みと焼却
   これを回収するためにオイルフェンスを張り巡らしましたが、これも一番多い時で1070kmという長い距離になり、また吸着式オイルフェンスを累計で2670km分置いて、囲い込みました。
こうして囲い込んだ油を回収して焼却しました。 前ページ下左の写真が油を船で集めている所、右がそれを海上で燃やしている所です。こんなふうにしてとりあえず海面にあるものは回収して燃やしたわけです。
その他に海上海底での分散剤の投入を行いました。累計で184万ガロン、内訳は海上へ60%、残りが海中、海底へ投入されました。

7月15日には井戸を閉めて新たな油が漏れないようにしたこともあって、7月20日になってようやく海面で原油はほとんど見られなくなりました。
総流出量は490万バレル、キロリットルで言うと79万Klです。日本国内の原油生産量は年間90万Klですからこの9割近い量が流れたことになります。またこの量は日本の消費量で言いますと約1.2日分になります。
   490万バレルのうち約83万バレルを坑口から回収、40万バレルを海上で回収し、そのうち26.5万バレルを焼却しています。分際剤で分解された油が39万バレル、自然に水の中で分解したと思われる油が78万バレル、蒸発したり溶解していったものが122万バレル、あと何処へ行ったのか分からず残存していると思われるものが123万バレルということでありました。

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6.流出阻止対策

   出てきた油の処理の話は以上ですが、油は海底の井戸の口元とライザーの先からどんどん出て来ているわけですから、止めなければいつまでも噴出し続けてしまいます。それを止めるためにどういうことをしたかという話をここではしてみようと思います。
リリーフウェル概念図と同時に実施したコファーダム    まずリリーフウエルと言いまして、この井戸に向かって、ちょっと離れたところから2本の
井戸を掘りはじめました。5月2日に一本、5月16日にもう一本の掘削を開始しました。
1番下が7インチのケーシングですから、18.000フィートもある上からそこを狙って井戸を掘り、そこで噴出を抑えようということなのですから難しい仕事ですね。
5000フィートの海底下での油の回収作業なんて世界中のどこでもやったことが無いものですから、どういう方法でやるかということも確立していなかったのです。
   リリーフウェルを掘りはじめましたが、どんなに急いでも1ヶ月以上かかるのです。ですからやれることは並行して何でもやろうということで、まず5月8日に海底の漏出箇所を覆うキャップをかぶせ、漏出油を頭部からチューブで抜くためのcofferdamという、ドーム上構造物を下げましたが、ガスが頂部でハイドレート化し不成功に終わりました。
これが右の図のようなもので一見小屋のように見えます。大変大きなもので、高さが40フィート、平面的に見ると24×14フィートです。これを海中に下げて回収しようとしましたら、油と一緒に出て来るガスが、温度圧力状態のせいでメタンハイドレートになってしまったのです。これはシャーベット状の固体です。それがパイプの付け根に出来たためにパイプが詰まってしまい、原油が上がってこないのでした。
これではどうしようもないというので、結局引き揚げられたそうです。

(画像をクリックすると大きな図が出ます)

リットによる溶出油の回収    今度はこれとは別に5月16日に、噴出しているライザー開口部にチューブをつけたキャップを挿入して油を海上に導くRITT というツールを設置し、流出油を回収することが試みられました(右図)。
これはうまく行って、5月23日まで一週間くらい続け累計で22,000バレルの回収をしました。
   次に、漏出箇所がライザーと坑口の2箇所では処置が大変なので、ライザーを切り離して)口元から出ている油の遮断に集中しようではないかということになりました。こうして6月1日から3日の間にライザー切断を行ないました。その図が下左の写真です。
大きな植木鋏のような器械で1mくらいの太さのライザーをちょん切ったのです。ちょん切った途端に油がバーっと出ているのが見えます。
ライザー切断とトップハットの設置

こうして切断した坑口にぴったりはまるようなキャップを被せてやれば、海底と地層中の温度圧力差が小さくなってメタンハイドレートが出来なくなるだろうということで、トップハットというツールを拵えて下げました。上の右の2枚の写真がそれです。

   話が後先しますが5月26日から29日にかけて、トップキルという試みがなされていました。
これは暴噴してこないよう、BOPの脇のバルブ口から物を詰め込んでしまおうという考えです。泥水と一緒にセメントとかロープの切れはしとかタイヤの屑だとか、ゴルフボールだとか混ぜたもの井戸の頭のところに詰め込んでしまって封をしようと云うものです。しかしこれはあまりうまく行きませんでた。
   それでバルブ口から物を詰めるのではなく、逆に、出て来る油を吸い出そうということになりました(右図)。

(画像をクリックすると大きな図が出ます)

出てくる油を吸い上げる    こうしてトップハットによる油回収開始、6月18日 からBOPから直接吸い上げる方法を平行して実施、両方法で7月10日までに累計804800バレルの油を回収したそうです。
   そして7月15日になって、トップハットと入れ替えてシーリングキャップ (sealing cap)を設置し完全に坑井を塞ぎ、油が漏れてこないようにしました。
   4月の20日から7月の15日まで86日間かかってようやく油が止まったのです。しかし上から塞いでいるだけではいつ圧力の関係で出て来てしまうかはわかりません。

   それまで掘り続けていたリリーフウェルの方はこの前後にようやく元井戸の油層付近に達しまして、井戸の上からではなく、ガスの出所と思われる深度より上のケーシングの内外にセメントを注入、井戸から油やガスが出てこないように完全に密閉をすることが出来ました。
   目に見える所でさえ5000mも先で20cmくらいの精度の事を行なうことだって難しいのですから、噴出箇所にピンポイントでリリーフウェルを掘り当てるのは大変なことだったと私は思います。
   原発の事故もこのくらい要領よく総合的に対処出来ていれば有難いのですがね。BPが中心になってやったのですがその組織力と集中力はすごいですね。
動員された人員は最大時で約45000人、船舶は約7000隻に達したといいます。
 
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7.事故に関わる費用

   対策費は坑井の埋め立てが完了して廃坑した9月17日までに95億ドル。日本円で約7600億円です。最終的には320億ドル、うちBPの損害賠償額は200億ドルの見込みと言われていました。日本円で約1兆6000億円ですね。
   罰金については米国には水質汚染防止法というものがありまして、流出油には少なくとも1バレルあたり1100ドルの罰金が課されます。
その他に重過失だということになるとバレルあたり4000ドル、さらに刑事罰が科されるとこれに加えて630億ドルの課徴金が課されるだろうと言われています。     こういう事故の為に保険制度がありますが、BPは保険に入っていませんでした。どうしてかと言いますと、こんな事故はめったに起きることではないと思っているからです。
それとBPは世界中でものすごく沢山の井戸を掘っていますから、いちいち保険をかけていたら保険料で潰れてしまうというのでかけていないのです。
   他の2社、Anadarkoグループも日本の三井石油開発も、自社権益分についてはパッケージ保険を手配していましたしたし、Trans Ocean社は物損5.6億ドル+損害防止費25%(max)+残骸撤去費25%(max)+第三者賠償責任7億ドル(max)をかけており、物損分4.01億ドルを事 故が起きて10日後くらいの5月初旬に受領しています。

講座風景

   ですから皆さんBPは大変だろう思いますでしょう?日本ではBPは破産するのではないかという記事もありましたね?
BPの株価を見てみますと事故直前の株価が655ペンス(GBP)事故後2ヶ月の6月20日にはこの半分以下になり底値の305ペンスになります。そして油の回収のめどがついた8月5日には445ペンスまで回復しています。その後11月5日には480ペンス、1月10日には580ペンスと上がっています。つまり事故の起きる前の8割以上の値段まで回復してきているのです。
   株式の時価総額を見てみますと、元は17兆円だったものが6月14日の時点で9兆円まで下がりましたが今は15兆円くらいまでには回復したわけです。
   BPというのは流石にメジャーと言われるだけあってものすごく大きい会社なんです。過去数年の売上高を見ても1年間に何と2000億ドル~3000億ドルもある。純利益が1年間に200億ドルもある。ですから先程の補償費は1年間の純利益で賄えてしまうのです。だから保険に 入らないわけですね。(笑い)

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8.事故の影響

    以上が大体の事故の顛末なんですが事故の影響がどのように現れたかという話を最後にいたします。
   まず流出油の損害賠償額上限がこの事故当時は7500万ドルという上限で決まっていましたが、それを100億ドルまで引き上げまたは上限撤廃という議会の動きがありました。もう決まっているかもしれません。私のところには昨年10月までのデータしか無くて分かりませんが 1000倍近い引き上げというのは驚いた話でした。
   これだけ上限額があがると、掘削機器の安全性強化、検査の強化、大水深掘削の許認可の厳 格化などが起こるだろうと言われています。
最近の下院委員会によって、大陸棚掘削の民事課徴金を1日2万ドル~15万ドルに、刑事罰金を一件当たり10万ドル~1000万ドルに引き上げる法律が承認されたそうです。
   これらによって安全な作業方法、緩やかな作業工程の選択や予備資器材の確保による事故発生リスクの回避が求められ、今までは一日100mくらい掘っていたのが一日80m位になってしまうといった形でオペレーションコストの上昇を招いているようです。
   そして事故対策も一社だけでは大変だということで、業界組合で基金を設立する動きも出てきたようでしてChevron, Conoco‐Phillips, Exxon‐Mobil, Shell, BPが出資してMarine Well Containment Companyという基金が設立されたそうです。
   更に、保険料が上昇しました。昨年の9月20日現在、大水深オペレーションで20-30%、大水深掘削では100%上昇しています。
   同時に大水深リグのデイレートが上昇して一日100万ドルが現実問題になって来、充分な資産を持っている会社しか大水深開発が出来なくなってきているようです。
ちなみに私が現役でおりました頃の1990年頃には、大水深ではありませんでしたが、一日3万ドルくらいだったですね。ほんの20年で30倍に上っているのです。
   そして行政による指導の強化や掘削許可申請条件の厳格化が起こっています。
難しい話を分かりやすくにこやかに話す猪間講師 実際に許可を与える州政府による開発反対運動や州管理水域での規制強化に起因するオペレーションコストの増大は、小規模開発会社の操業の困難化を招き、小規模会社の合併、買収の動きを促進しています。

   結論的な話になりますが、以上のような理由で小規模会社のメキシコ湾からの撤退という動きがでていますが、これには問題があるのです。
   と言うのは、小さな会社だからこそ小規模油田の開発が出来たのです。そこが今後はやらないとなっても大きな会社はそんな小さな開発はやらないのです。小さな会社は儲けが少なくてもやりますが、大きな会社は効率的でない仕事はしないのです。
   コストが上昇するということは油価の上昇につながるわけで、そうするとOPECや国営企業(たとえば中国)は油価が高ければ沢山生産しなくても済むことになりますから彼らが生産制限を強化するのではないかということが虞れられることになりました。
   それから大水深開発意欲が減退して行きますと、アメリカにはもう大水深のところしか残っていませんから、米国の原油輸入量が増加していきます。するとOPECや国営企業のマーケットシェアが増大して行き、米国の発言力が弱化していくということが言われています。

  原油流出事故はこんなことで世界経済に影響を与えるということを述べ、今日の話はこの辺で止めることにいたします。

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9.質疑応答

質問:今日のお話を聞くと、これだけの危機対応を、ずいぶん色々な対策を平行して取るなど、対応が今回の福島原発の場合と違うような気がしますが、これは何処がイニシアティブを取ってやったのですか?
答え:当然BPです。BPは東電のような親方日の丸的会社では無いですから。危機への対応、集中力は違うのではないでしょうか?
質問:石油は長い間、あと40年は大丈夫とか言われていますが、実際に石油資源の枯渇の時期推定は出来ているのですか?
答え:出来ていると言えば出来てるし、出来ていないと言えば出来ていないのですけれど、40年と云うのは当然なんです。探鉱して新しい油田を見つけたその確認量が分子になっていますから。
まだ探鉱していない所は全く分からないし、見つけた油田でも、量が確認されていない部分は計算されていないのです。
また、探鉱開発を先行させてやたらに油田を見つけても、実際に採取するのがずっと後になるようでは無駄な先行投資をした形になってしまいますから、可採年数を伸ばしてもあまり意味がないんですね。そういうわけで40年という数字は昔からあまり変わらないのです。ですが実際は化石燃料ですから、有限です。
現在のスピードでずっと続けて行った場合は、多分あと70,80年で終わりだと思います。これから後は生産量を下げて寿命を長くする必要があるのです。
質問:少し技術的な質問ですが石油の起源には有機説のほかに無機説があったと聞いていますが、その説は今でも生きているのですか?
答え:いま有機根源説以外を信じている石油屋はいないと思います。
少なくとも油については有機起源ですね。ガスについてはまだ分かっていないところがありますが、無機起源のものが確実にあります。しかし、探している人間は有機根源説をとって探しています。学者は別です。
質問:流れ出した油は結局どうなったのですか?また、生物などへの影響は?
答え:先ほど数値を申し上げましたが、自然に海水溶解してしまったものが多かったようです。浮いてきた油はかなり効率よく回収したようです。世界中からオイルフェンスを集め、分散剤も世界市場に出回っているものを全部買い占めたと言います。
湾岸戦争の時の原油流出事件の際は生物への影響が大きく報道されましたが、今回はあまり取り上げられていないように思います。ただ、漁業への影響はかなりあったと聞いています。
質問:ミシシッピー河の沖で外国の会社が事故を起こしたということで、国益を犯されたとかいう問題は起きないのですか?英米の関係だから良かったので、日本と中国だったらかなりの激しい紛争になるのですか?
答え:いや石油鉱業と云うのはボーダーレスなんです。どこの国の会社なんてことは全く関係ないのです。
例えば日本の私がいた会社でもアメリカで鉱区を取ってやっているわけです。
尖閣列島沖でも同じです。私が先日『世界』に書きましたが、尖閣列島にも日本の会社が鉱区を出願しているんです。ところが日本の国から許可されないから井戸が掘れないんですが、仮に私が鉱業権者で、あそこで掘っていいよと国に言われたら、私は翌日中国に行って「一緒にやりましょう」と言います。そのくらい石油業界というのはオープンなのです。
皆さんの感情としてはあの海域の石油はEEZの領域だから日本のものだと思っているのでしょう?違うんです。あれは国の物ではなくて、鉱業権者の物なのです。
あそこの石油を確保するためにあの島の領土権を主張するというのは全然関係がないんです。ですから掘る方の私たちとしては日本の国に早く鉱区を認めて欲しいし、「資源を守るために絶対領土を離すな」なんて言ってほしくないんです。許可を与えるまでは国のものなんですが、権利を与えた後は鉱業権者の物になるのです。
新潟の沖に阿賀沖という油ガス田がありましたが、そこは私がいた石油資源開発と出光と2社で始めたのです。ところが出光は自分のリスクを減らすためにその権利の半分をアメリカの会社に売り渡したのです。ですから4分の1はAMOCOが持っていたのです。当時AMOCOの利益の根源の一つと云われていた素晴らしい油ガス田でしたが、誰もアメリカに石油を取られるとか出光はひどいなんて言いませんでした。出た油やガスは日本に供給しましたからね。
我々の会社だって中国で鉱区を取って井戸を掘っています。出た油は日本に持って来ましたが中国は文句を言いませんでした。石油天然ガスの業界というのは国境が無いのです。勿論採れたれた石油の利益に対して税金はその国に払いますよ。それは日本の井戸についても同じですから。
司会:そろそろ時間ですからこのくらいにしたいと思います。猪間さんありがとうございました。(拍手)
   


文責:臼井良雄・猪間明俊
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:臼井良雄


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