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2011年12月16日 神田雑学大学 定例講座No.580

地上より明日へ―歩きながら考えたこと 講師 NPO神田雑学大学前理事長:鈴木一郎



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アクセント画鋲
講師プロフィール
1.突然の脊髄炎発症と歩行再開まで
2.3月11日以降の散歩
3.足元が揺らぐ
4.頭でなく足で考える
5.旅はサバイバルの予行演習
6.質疑応答


講師プロフィール

鈴木一郎講師の写真 1939年生まれ。千葉県出身。
1963年慶応義塾大学経済学部卒業。
   日立製作所入社事業計画などを担当。
1999年神田雑学大学設立に参画
1999年10月副理事長
2005年4月〜2010年6月まで理事長。


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1.突然の脊髄炎発症と歩行再開まで

前理事長をしておりました鈴木一郎です。一昨年の12月1日に、椎間板、蝶椎の7,8椎のところが炎症を起こしまして、神経がとどかなくなってしまいました。それで急遽入院治療いたしまして、チタン合金を入れて背骨を補強するのに9時間半の手術をました。前の日まではこの神田雑学大学に来ており、皆様と一緒に講座を楽しんでいたのですが、それ以降5ヶ月間はずっとベッドに寝ておりました。
4月に退院いたしましたが、毎日平均1時間半歩くことを自分に課しまして、うちの近くは山谷が多いので、そこを歩きました。今年も夏が厳しい暑さでしたね。ですから汗を流しながらの散歩でしたが、そのお陰で6週間前に杖がとれまして、人並みに2本足で歩いて参った次第です。

ここで小咄をひとつ。
太陽と月が旅行に行くと言うので雷がおれも連れて行ってくれということで3人で旅に出ました。ところが夜になると雷がゴロゴロとうるさいんで、次の日、太陽と月は雷をおいて朝早く出かけてしまいました。取り残された雷はいいました。「月日のたつのは速いものだ」(笑い) 旅館の主人が「兄さんは、いつお立ちで?」雷「夕立だ」(笑い)

さてもうひとつ。
怖いものに地震雷火事親父と言いますね。あれば私の研究によるとお釈迦さまに関係のある言葉です。お釈迦さまが入寂する日に、すごい地震があって、その後に大きな雷が轟いたと伝わっています。地震雷火事親父といいますが逆にして言ってください。親父、火事、雷、地震です。親父はお釈迦さま。火事は亡くなったお釈迦さまを荼毘にふすこと。お釈迦様は修業を積んでいましたから体が枯れていて焼いても骨はきれいに焼けて残ったそうです。その骨の一部はタイ王室が保管し、その一部を分骨したものが日本にも来ており、名古屋の日秦寺にあって、仏教の全ての派が交代で管理していると言われています。その荼毘にふしているときに雷がなり地震が起こったという話です。これは私の説です。
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2.3月11日以降の散歩

この日は少しは遠くに行けるようになりましたので、ある駅に降りまして歩き始めたら、とたんに足元が揺らぎまして、すごいめまいが起こったと思ったほどでした。それから帰るに帰れないで、寒かったので、家に帰るのはあきらめ、近所に住んでいた妹の家に緊急避難をして助かりました。 富士山が見える場所

その後は怖くてあまり遠くには行けないということで家の周りを散歩しています。配布資料の右側に貼った写真が私の散歩コースです。
木の枝の右側に富士さんが見えるのですが、富士さんがくっきり見える日は、私は必ず近所の天満宮にお参りするというふうに決めています。

天満宮の階段 次の写真がその天満宮の上から参道の階段を見降ろしたものです。この階段の数が90段あって昇るのは大変なのですが、まあ大きな病気から生還したという思いもあって、一段一年と考え、一段一段自分の人生を顧みながらゆっくり登っています。
私はいま72歳ですが、73段目からはこれからどれだけ生きられるかなと思い、90歳まで生きられることを願いながら登っています。

右下の写真はつい最近撮ったものです。景色奥の方にうっそうとした森がありますね。この下に鶴見川の支流が東から西に向かって流れています。その辺に行きますとそこは丘陵地帯で右下のような畑が沢山ありお百姓さんが働いている場所です。夏なんか枝豆なんかを収穫しているのをじっと見ていると、「あげるよ、あげるよ」なんてすぐ分けてくれて、その日のビールのつまみになったりするいいところです。
丘陵地帯
下の写真は同じ場所をちょっと前とごく最近と両方撮ったんですが、右側に見えているのが坂です。結構急な坂で右側は鬱蒼としているでしょう。ここはもともとは林みたいになっていて中にはゴルフ練習場があったのです。そこが左側みたいな住宅地になりまして、今は28棟出来上がっていますが、一戸一戸違ったメーカーが作っていますので、住宅展示場みたいで、毎日その仕上がりを見ながら散歩しております。

坂道 新興住宅地


赤い扉の家
そしてお回しした写真ですが、真ん中に赤い扉が見えるでしょう。これは一軒家がポツンとあって、この扉が開いたためしがなくて、人も住んでいるかどうか見たことがない。それでよくよく近寄ってみたらこの扉の前に立木があって、扉は開かないのです。せいぜい猫が通るくらいしか開かないなーとずっと思っていましたが、ある日突然空いたのです。すぐ写真を撮ったのがこの写真です。他にも階段だけあって、その上に何の建物もなく、四谷怪談ではないですが、奇妙な階段があったのです。今はこの写真の住宅に化けました。そのように結構不思議な景色や変化があるので、それを見ながら毎日歩いております。
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3.足元が揺らぐ

川岸 一番今回ショックだったのは、足元が定まらないことでした。浄土真宗の連如上人のお文に「朝に紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」という言葉があって、これは我が身にもなったのです。背骨が痛いというのはあったけど、そんなのは歳とれば誰でもなるし、レントゲンで見ても影があってこれはいつかはつぶれる。そしたら動けなくなるよ。と言われてはいたけれどいつなるかはわからない。一生のうちにつぶれるかどうかもわからないと思っていたのです。ところが前日まで雑学大学にいたのに、突然なってしまった。

何かの碑 もう一つ、災害は忘れたころにやってくると言われますが、忘れると言うのは何年なんでしょう。数十年なのか数百年なのか分からないですね。地震予知委員会なんかが言っているのはこれから30年のうちに同じような場所で地震が起きる確率は30%というのだけれど、僕は信じられないですね。

鳥居がある写真 30年なんて地球の時代から見たらほんの一瞬です。そんな一瞬のことを予測して30%の確率なんて言っていたら、今回の地震なんて分からないはずがないのに、だれも予測しませんでした。ですから全然信用置けないですね。
もう一つは原発です。前も東海村で炉心が空炊きして焼けましたね。その時も凄い放射能が出て、二人即死しました。今回はその事故を踏まえてやっているかというと、とてもそんな状態ではないし、今までの科学をベースにした文明や高度資本主義と言われている資本主義も迷走していて、疑問が沢山あります。いろいろな評論家が語っているけれど、まともな話もまだ出ていないし、大変心配です。

これからの話は前の神戸大震災の時に私が吉祥寺の雑学大学で話した内容ですが、昔リスボンで大震災があったのです。
その時にカントとかヴォルテールとかスエーデンボルグという人が生きていまして、カントは自分がそれまで考えた過去のことを全部破棄して、あらためて自分の思想を見直し、純粋理性批判という本を書きました。
ヴォルテールもカンデイードというSFというか哲学小説というか分からない小説を書きまして、これは結構面白いのです。それもたぶん大地震の結果を踏まえて書かれたものらしいです。
スエーデンボルグという人は北欧の宗教家ですが、この人もそれまでの宗教観を全部見直したそうです。
数年前から私は神保町で「本と街の案内所」で案内をしていましたが、あるおばさんが「なにか面白い本はないか?」といらして、「ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟」は変なミステリーより絶対面白いから」と話したことがあります。ところが今や凄いドストエフスキーがブームになり、亀山さんという人が「罪と罰」を出し「悪霊」を出しましたね。テロ事件などを含めてああいうものが読み直されるように100年前のロシアの状況と現在の世界の状況がダブっているらしいのです。
私はいま「悪霊」を読み直していますが、何といっても「カラマーゾフの兄弟」は面白くお勧めです。そのように古典なども読みかえされる状況であると思います。
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4.頭でなく足で考える

講演中の鈴木講師 「人は考える葦である」と言われますが、葦は足にも通じます。テレビとかネットなどでの情報が溢れていますので、若い人たちは本屋さんに行って本を買って読まなくても、すべて見れるので分かったような気になります。それがいいことなのかどうか。他人の見聞きした情報に依存するということは民主主義を誤る可能性もあります。ヒットラーはそこをついて情報を操作して国民を操作しましたね。その後いろいろな政治家がヒットラーの手法を真似ていますが、他人が発する情報がうまくコミュニケートされているから正しいと思わせることが、われわれにとっては過ちの元であることを銘記しなければならないと思います。自分で確かめることが必要です。福島なんかにも自分の足で行き確かめて考える必要があると思います。自分の足で地面を踏み締めて考えるということは重要なのだと思います。

私は、今度オープンした日比谷図書文化館特別研究室で公開されている「内田嘉吉文庫」に通って、その蔵書を見ていますが、欧米に限ってもトータル55か月の視察旅行を行い、また全て原書にあたって植民地支配の歴史を勉強していた内田嘉吉とか、アヘン戦争の実態を上海まで実際に見に行った高杉晋作とか日本中を歩いた坂本竜馬とかアメリカに行こうとして捕まって死刑にされた吉田松陰とか、みんな自分の足で情報を得て、活動をしているわけです。先日もこの特別研究室で読書会があり、そのとき、明治初期の「岩倉使節団の欧米回覧実記」をとりあげたのですが、新政府の高官の殆どをつれて2年にわたって日本を空けて勉強しに行き、その実地見分をもとにその後の明治の体制を作っていったことなどもあったわけで、自分の足で歩いて、情報を確認すると言う基本に戻るべきだと思いました。

例えば『ひとりぼっちの山』を書いた浦松佐美太郎さんという人がいますが、その人は「山を思い出すのは骨であり筋肉である。それを知っているのは足と指先なのだ」と言っています。それからアラン・コルベンは「人は靴底から伝わるメッセージを通して足で地面を分析する」と言っています。それから最近亡くなったスティーブ・ジョブスはアメリカの大学で講演した際に「ハングリーであれ、馬鹿であれ」と言ったんです。なんで天才経営者が「馬鹿であれ」といったのでしょう。それは知ったかぶりをするな、まだまだ自分の頭の中にあるのはごみであって、新しいものはまだまだ入る、そういう状態にしておけという意味で、これは仏教の思想にも通じると思います。親鸞が法然という自分のお師匠さんから言われた「愚直になれ」、愚直になって教えを大衆に伝えなさいと言う言葉と通じると思います。自分がいろいろなことを習いすませて、偉らそうに「だからこうこうすべきだ」などと言っても誰も信じない。道端の人たちと全てと同じ目線で自分は馬鹿になって伝える、毎日の修行も自分は馬鹿だからまだまだいろいろなものが入るんだとおもってやりなさいという教えです。それで親鸞は自分のことを「愚禿」と称していますよね。

情報過多の時代に私たちの頭は他人の情報で一杯になりがちなのですが、常に馬鹿になって、自分の足で得た情報を入れる余地を頭の中に残しておくことが必要だと思います。
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5.旅はサバイバルの予行演習

私が3月11日、帰られなくなって考えたことは、やっぱり足腰が大切ということです。足腰を鍛えて寒かったらちゃんと薪をどこからか見つけてきて、マッチとか明りとかを調達しなければなりません。それから地震の時なんかはまず下のものをどうやって処理するかという方法を身につけなくてはいけないと言います。段ボールに新聞紙を厚く巻いて、最後は新聞紙そのものに包んで捨てるなどという方法を身に着けていた方がいいよと言われます。

竹藪の小道 町を歩いていて思うのですが、本屋があれば寄り道するし、おいしそうな店があれば入ってみるし不思議な家があればのぞいてみる、それは楽しいからやっているんだけれども、考えてみるとそのような歩きはこれは原始人がやっていることをそっくり練習しているわけです。ここに行ったらおいしいものがあるとか、ここに行ったら水があるとかいうことを常に探しながら歩いた昔の人がやっていたことを、もう一度現代になってやっているような感じで歩いています。砂漠地帯に行ったり寒冷地帯に行ったりするパック旅行などもありますね。ああいう海外旅行も楽しみかもしれないけれど、ある意味ではサバイバルの訓練と思ってもいいのではないかと思っています。

人間いつかは死ぬわけです。死んだら輪廻転生するわけです。どんなものに転生してもその環境に順応しなければならないので、そのような死んだ後のことも考えて、いろいろ訓練を人間はしているんじゃないかなと思いながら歩いています。(拍手)
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6.質疑応答

質問:鈴木さんは散歩の達人と伺っていますが今の話でサバイバルの予行演習と言う話が出ました。歩く人って多いですが、だいたいの人は健康維持のためとかいいますが、鈴木さんの具体的な目的は一言で言うと何ですか?
答え:私は単純に歩くことが好きなんです。赤ん坊のころから、ひもを腰につけられて歩き回っていたということを聞きますが、それ以来私の人生は散歩人生です。

質問:歩きながら考えることがすきなんですか?余分なことかもしれませんが歩きながら考えると左脳が止まると聞きましたが、どうなんでしょう?
答え:確かにそうですね!論理的な思考も高まりますけど、発想が飛躍的に広がるのも左脳の活動かも知れません。

  御静聴ありがとうございました。(拍手)
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文責:臼井 良雄
写真:鈴木 一郎
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:大野 令治

本文はここまでです


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