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平成23年12月6日 神田雑学大学定例講座NO582 

千代田区立日比谷図書文化館共催千代田区民講座

「母校の襷をつなぐランナーたち!!」、講師:箱根駅伝テレビ中継放送解説者、碓井哲雄




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画鋲
講師プロファイル
1.はじめに
2.マラソンについて
3.駅伝とは
4.箱根駅伝
5.箱根駅伝、人気の理由
6.箱根駅伝をめぐる悲喜こもごも
7.質疑応答




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碓井哲雄講師プロファイル

1941年、東京生まれ、東京都久松中学―中央大学杉並高校―東急電鉄―中央大学―名古屋鉄道―本田技研工業。中学、高校、大学、社会人を通じて長距離走、駅伝、マラソンを選手として走り、中学時代全国通信大会3000mで東京都優勝、高校2、3年に高校駅伝に連続出場。2年時には4区で区間賞(区間新)に輝く。東急時代に中村清先生に師事し日本選手権、5000m、10、000m第2位、全日本実業団駅伝優勝メンバー(東急チーム)として貢献する。

大学では主力ランナーとして箱根駅伝に3度出場し、5連覇、6連覇に貢献する。
卒業後は駅伝、マラソンの指導者としての道を歩みナショナルチームの選手育成にもたずさわる。また解説者として箱根駅伝などテレビでも解説している。
現在神奈川工科大学陸上競技部監督

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1.はじめに

ご紹介を受けました碓井です。お話の通り40回箱根駅伝大会で中央大学が6連勝した時に2区を走って、そういう関係から大学を卒業して実業団の本多技研の監督なんかもやりまして、そういう関係でテレビをやってくれという依頼がありまして第一中継車を9回、スタジオ内中継を18回やっています。

「東洋圧巻」の見出し新聞記事今年は88回の箱根駅伝は東洋大学が2年ぶりの3回目の圧勝でしたね。タイムも10時間51分36秒、昨年の早稲田大学が作った10時間59分51秒を8分15秒縮めた大会新記録でした。それもそのはずです。10区間あるうちの4区、5区、6区、7区、8区、10区と6つの区間賞を取っているのです。

大きかったのは5区の登りを走った柏原君の快走ですね。4年間連続区間賞、これも有言実行で16分台を出した。本当に怪物と言うか化け物みたいな選手です。また各チームとも来年東洋大学に勝つために4日から練習に励んでいる大学もあります。

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2.マラソンについて

マランと駅伝は根本的に違い、駅伝は陸上競技の種目に入っていません。マラソンというのは、ご承知のように42.195Kmを走る正式種目です。マラソンの語源は紀元前490年に第2回のペルシャ戦争がギリシャのマラトンというところで戦われ、ペルシャの大軍をギリシャのアテネ軍が打ち破り、一人の兵士がマラトンからアテネまで走り、戦勝を報告するや息が絶えたのが語源になったといわれます。

その距離がだいたい40Kmだったそうです。1896年の第一回アテネオリンピックのマラソンコースの距離は39.99Kmだったそうですが、2回、3回はだいたい40Kmぐらいで競われたようです。1908年第4回、ロンドン大会のときに、イギリスのウインザー城からロンドン市内まで40Kmのコースを用意したのですが、王様のエドワード七世が、スタートを王宮の庭から見たいとわがままをいいだして、2195メートル出発点を下げたことに起因します。また一説には当時のアレクダンドラ王妃がゴールをロイヤルボックスの前で見たいから、ゴール地点を引っ張れと言って、42.195Kmになったとも言われます。

それから第7回までは40kmでしたが第8回から正式に42.195Kmに採用され、現在に至っています。当時の記録は2時間55分18秒でした。現在世界記録は2時間3分38秒です。日本記録は高岡選手が持つ2時間6分16秒です。女子の世界記録はイギリスのラドクリフの2時間15封25秒です。日本記録はまだ現役の野口選手の2時間19分12秒です。
最近マラソンを見ていると日本は勝てませんね。男子の場合は入賞すら出来なくなってしまってきています。何故なんでしょう。

アフリカ勢が非常に強くなっているのです。昨年一昨年を見ますと2時間10分を切った選手が世界で140人います。そのうちの80人がケニア人、40人がエチオピア人、10人がモロッコ人です。アメリカが2人、日本が4人、韓国が1人です。昔はスペインが非常に強かったのです。しかしオまはゼロ人です。というのは白人選手はマラソンをやらなくなってしまったのです。本来マラソンはアマチュアの競技ですが、現在はプロ化して大きなマラソン大会はほとんど賞金レースです。優勝賞金は500万円とか1千万円といわれますが、10着まで賞金がでるようになっています。

講座風景

東京マラソンでも一着には600万円の賞金がついています。そういう時代ですが黒人があまり強いので出て行っても勝てないので金にならないというので白人がやらなくなってきたのです。ただオリンピックは選手が一種目3名しか出れません。だからなんとかアフリカ勢以外にも入賞の可能性はあるのです。何故アフリカ勢が強いのでしょう? 彼らは高地民族なのです。標高2000m以上のところに住んでいます。そこは空気が薄いものですから心肺機能が強くなります。そして平地に下りてきますと酸素がたくさん採れるので楽なのです。だから早いのです。

それから彼らは狩猟民族で筋力、目、耳がいいのです。日本人は米を耕し我慢して我慢してやっていく。今までは我慢我慢でも上位になれたのですが、我慢して待っていても最近はスピードマラソンになって前が落ちてこないので入賞ができないということになってきたのです。それだけではなくてアフリカ勢は概してハングリーです。日本人はみんな実業団に所属して仕事の代わりに訓練をして給与を貰い試合に出ているのですが、ケニアの人間はスポンサーから貰うかねと賞金で食べているのです。

賞金を貰わないと食べていけないのです。マラソンは年に3回くらいしか出来ないスポーツです。3回勝つ選手はいませんが勝っても3000万円です。たいしたお金ではないでしょう。そのほかオリンピックに出るような選手には試合ごとに支度金が1000万円ほど入ります。そういう形になっているうえに失礼な話ですが、ケニヤやエチオピアは物価指数が日本の十分の一なんです。賞金はドル建てですから、彼らの生活感覚からすると日本人の感覚の10倍の賞金になるのです。ハングリーな彼らが頑張る理由です。

女子の場合はまだ白人が頑張っています。なぜならば女子はアフリカ勢はジュニア時代は凄く強いのですが、16歳くらいから早婚で家庭に入ります。それで層が薄かったのですが、最近賞金レースが出てきてからは、旦那さんがマネージャーをやり奥さんに走らせて稼ぐ選手が増えています。オリンピックの上に入っている女子の選手はみんなそうです。こういう選手が今後増えて男子と同じように女子もアフリカ勢の時代になるのではないかと思われます。

今マラソンは記録を狙う大会になっていて、記録がでるとボーナスがでます。そのために有名な選手はラビットといわれるペースメーカーを要求します。ペースメーカーは力がないと出来ません。30kmを日本記録くらいで通過していかないとマラソンの世界記録は出ませんから、ペースメーカーに賞金の3位相当のお金を渡し、このペースで走ってくれと要求しています。ですから力のない日本人にはなかなか出来ません。マラソンを走れば2時間5、6分で走れる選手がペースメーカーをやっているのです。

それで記録が出ているのです。今まで世界記録が出ているのは全部ペースメーカーがついた試合です。女子の場合は野口さんにしてもラドクリフにしても男子と同時スタートで男子の選手のペースメーカーが付いていました。これからはそれが禁止になりまして女子は女子のペースメーカーに限られることになりますが、まだ女子にはペースメーカーが出来る選手が非常に少ないのです。ゼッケン番号を見ると分かります。ナンバーカードが少ないのが招待選手、50番台がラビット、一般の人は100番台以降をつけているのが普通です。ラビットは20キロ、30キロなど一定のペースで競技を引っ張りますが、それ以上は走りません。

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3.駅伝とは

これは日本古来のもので、道路上を走る長距離のリレーです。距離は関係なくて3kmから20kmまでいろいろな距離を分担して走ります。ですから世界記録はありません。高校駅伝はマラソンの42.195kmを7人で走ります。実業団は100kmを7人で、箱根駅伝は200何kmを10人と襷でつないでいくのです。これは最近EKIDENなどと呼ばれ国際化してきているようですが、基本的には外国人には向いていません。彼らは個人主義です。一方日本はチーム主義で駅伝が好きなのです。日本にいて駅伝に出る外国の選手もいますが彼らはみな一区に出たがります。2区以降は順番がわかりませんから。

講義中の碓井講師駅伝の最初は大正6年に首都変遷50年を記念して京都三条大橋から東京の上野の忍ばずの池まで約514キロを、関東、関西の対抗戦で3日間昼夜走りっぱなしで、42時間43分で関東軍が勝ったという記録が残っています。その時のゴールには、現在の箱根駅伝のゴールに匹敵するほど見物人が集まったそうです。その時の名称が「東京遷都記念東海道駅伝」でした。

なぜ駅伝という名前になったかというと、奈良時代に駅制といって役人に馬と宿を用意するため、駅馬、伝馬をつくったことに由来するといわれます。襷については文献がないのですが、当時の通行証、駅れいというものがあったそうですが、これを襷に変えたようです。昭和30~40年代は東京青森駅伝とか東京大阪駅伝、大阪下関駅伝、九州一周駅伝などありましたが車の数が増えて開催が困難になり、現在残っている長距離駅伝は九州一周
(10日間)だけになりました。箱根駅伝も、安全の保証ができないのでやめてくれという意見もありましたが、国民的行事になっていることもあり、なんとか続けてくれということで現在に至っています。


箱根駅伝は関東の大学だけの駅伝ですが人気は一番あります。そのほかニューイヤー駅伝、全国高校駅伝、出雲大学選抜駅伝、前日本大学駅伝、全日本大学女子駅伝、全国都道男子駅伝などがあります。最近の主な結果を下に掲げます。駅伝はなぜ日本人に好かれるか? 駅伝の面白さは、トラックとちがって各区で抜きつ抜かれつの展開があり、早い選手だけをあつめても優勝できないというところにあります。途中山あり坂ありでブレーキだとか予想外のハップニングが起きる、今年の農大の選手みたいな事が起きます。

大学主要駅伝結果、23回出雲大学選抜駅伝(2011、10、10)

コンディションが良い年はブレーキは少ないのですが、悪い日もあるのです。風が吹いた、寒すぎた、暑すぎた。このように、なにが起こるか分からないのがいいところで、この人気は今後も続いていくのではないかと思っています。ブレーキが起きる原因の最大なものはプレッシャーと重圧です。こんな例があります。1区の選手は用意ドンで走り始めますからトラックと同じです。2区からはばらばらにくるものですから襷を貰う時に2区の選手は想定するのです。うちの選手は5番でくるんじゃないかとか、もしかしたらびりかなーなどと。それが一番出来たりするとあわを喰ってブレーキすることもあるのです。

43回全日本大学駅伝(2011、11、6)今回も見ていて2区を走った村沢選手は本来非常に強い選手なんです。体調があまり思わしくなかったんですね。それが結局他の選手に反応して復路の選手がみんなおかしくなってしまいました。走れるべき選手が走らないとほかの選手はおかしくなってしまいます。頑張らなくてはいけないという気持ちが逆に力が入ってしまって駄目になってしまうのです。

特に山登りなんかは力がないのに力んでオーバーペースで走り始めると途中でメロメロになってしまいます。今回私の母校の選手でもそうでした。あんな選手ではないのですが、頑張らなくてはいけないという気持ちがあってあんな結果になりました。東海大学の早川選手もそうですね。最初オーバーペースで突っ込んで、最後ガタガタになってなんとかゴールにたどり着きました。これがブレーキです。

駅伝は他の競技と違い一人で走ることが多いのです。前や後ろが見えないことも多いのです。前の位置とか後ろの位置とかいちおう報告するのですが、なかなか選手はそんなこと考えていられないです。襷をもらうとなにがなんでも前の奴を抜こう、逃げてやろうとおもうのでオーバーペースになるのです。それを覚えさせるために各チームの監督はいろいろ教えているのですがなかなかこれは難しいです。

それから監督のだいご味として区間の配置です。いろいろな大学の10名の配置を計算しながらやっていくのですが、なにせ10人ですから読み通り行かないのです。10人は10人体調が揃うなんてことは絶対ないんです。今回の東洋大学でも9区の選手は自分の記録より悪かったです。それから登りと下りの走り方。登りは坂ですからどうしても前傾しながら下を見ながら走っていく。昔は柏原選手のような選手はいませんでしたから、ゆっくりゆっくり登って後半頑張ればよいというのがスタイルでしたが、今井君が出て、柏原君が出て、登りも普通の平地と同じように行ける所までいって最後で戻せというくらいになってきたのです。

トレーニングをするのですが、適性のない選手は後でのダメージが大きいので、無理してトレーニングすると本番で大ブレーキになってしまいますから無理なトレーニングも出来ないのです。下りの方は、最初の5kmは登りです。そこを全力で行って下りになったら切り替えろ。登りのフォームから下りのフォームに変えなくてはいけません。下りは度胸です。ストップしたらダメです。時速28kmで速い選手は下りますから、怖がったら駄目です。そうして湯本まで降りてきます。

実は湯本からも下っているのですが、選手には登りに見えてしまいます。そこをいかに我慢できるかが強い選手なのです。指導者としては正直言って駅伝ほど面白い競技はありません。失敗したりすると監督の責任は大きいです。最近監督は一年一年ごろごろ変わっているのです。結果が悪いと首です。私は中継車に乗っていると顔の表情などでブレーキを起こしそうな選手は分かります。駅伝と言うのは力の差はともかく、自分のリズムを保つことが大事なのです。

リズムと言うのは走り方が、ピッチ走法といってピッピッピッと行く走法とグイグイグイと登っていく走法とトットットッ行く走法と色々な走法があるのです。そのリズムが整っているときはいいのですが狂った時がブレーキの前兆です。普通走っている選手は視線が前方3mくらい前の地面を見ていますが、それが疲れて来ると目の焦点が合わなくなって、右を向いたり左を向いたりします。そして身体がぶれてきます。特に暑くなった時はそういう状況が起きます。いままでリタイヤ―しているチームはみんなそれです。

それから走る前に故障気味な選手、これは怖いです。5kmとか10kmなら意地で持っていけるのですが20kmになると身体が動かなくなって後半ガタガタになるということがあります。テレビで見ていてもなかなか汗をかいているかどうかなんてわかりませんね。汗を最初からかくようだと駄目です。はじめは汗をかかずに後半ちょっとかくくらいがいいのです。

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4.箱根駅伝

箱根駅伝の歴史を辿りますと、大正元年(1910)ストックホルムオリンピックマラソンに出場した金栗四三(高等師範いまの筑波大学出身)の提唱で、駅伝を通じて長距離の選手を育てようと各大学、専門学校に声をかけて、大正9年に四大学駅伝という名称で参加したのが、東京師範、早稲田、慶応、明治大学。その後参加校がどんどん増えてしまったので、昭和55年第32回大会から参加校を15校にシード、9校以外は予選で選ぶという方式となりました。

箱根駅伝資料これが、79回大会から20校となり、シード10校、予選会上位9校、関東学園選抜チーム1校となりました。今までの総合優勝回数を右に挙げました。予選会は駅伝ではなく、一人20kmを10人の総合タイムで競って9番までに入ったチームが予選会を通過と言うことになります。外国人選手はエントリーは2名まで出来ますが走るのは1名しか出来ません。箱根駅伝も高校駅伝も同じです。高校駅伝ではさらに一区は走らせません。実業団駅伝は一番短い2区しか外国人には走らせません。

なぜかというと長い距離になるとものすごい差が外国人と日本人で付いてしまうのです。外国人廃止論というのも以前からでていますが、やはり人権問題などもあり、難しいようです。88回大会では40校で466人が出ております。昨年は伝統校日本大学が予選会を落ちました。今年は予選会から通過してきたのが城西大学と山梨学院大学と順天堂大学です。
日本体育大学は19位になりました。東海大学と拓殖大学と日本体躯大学はまた来年の予選会に回るようになっています。

駅伝の流れを見ますと戦前から40回くらいまでは中央、早稲田、日大が優勝をずっと争ってきました。優勝回数を見ていただくと分かるのですが、中央が14回、早稲田が13回、日大が12回、これは昭和40年までなんです。最近は新しい学校がどんどん優勝するようになってきました。特に昭和40年以降体育の先生になりたいという学生が増え、日本体育大学と順天堂大学がずっと強くなってきました。

そのあと、山梨学院大学とか神奈川大学のような新興大学が駅伝に力を入れ始めて強くなり、最近になると亜細亜が勝ったり駒沢が強くなったりしてきています。
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5.箱根駅伝

人気の理由箱根駅伝の人気があるのは、まず86年の歴史のあること、コースが大手町から国号1号線を箱根の山を登り下りを走ることで、沿道に多くの観衆が集まること、正月2日、3日で会社、学校も休みであること、充実したテレビの実況中継で臨場感を味わえることなどがあげられます。

連続優勝回数ちなみに今年の視聴率は往路27.9%復路28.5%で昨年よりあがっています。視聴率は天気やレースの内容によって変化するものですが、今回は東洋大学があれだけ独走したのに落ちずにこれだけ高い視聴率を得たということはみなさん本当に関心を持たれていると思いました。なんで箱根駅伝はこんなに人気があるのでしょう。歴史も長いですね。太平洋戦争の5年間の中断はありましたが、88回を向かえるような駅伝はありません。

それから正月の2日、3日にやるということが大きいですね。それからコースが東海道を走って箱根の山へ行くと魅力的です。往路は大手町の読売新聞社の前をスタートして鶴見まで一号線を走っていく、2区は鶴見から戸塚まで走る、3区は戸塚から平塚、4区は平塚から小田原、アンカーは小田原から箱根の町までこんなコースは他には考えられません。

そして一番の人気はテレビ放映です。放映が始まって25年です。最初のうちは視聴率も7~8%代だったのですが、うなぎ上りに上がり、箱根駅伝が競技大会と言うよりひとつのイベントになってしまいました。沿道にはだいたい120万人の応援が出るそうです。あまりにも人気が出すぎてしまって色々な問題点も出ています。

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6.箱根駅伝をめぐる悲喜こもごも

例えばマスコミからはブレーキがあった方が面白いなんて言われたり、登録商標されている箱根駅伝の文字を無断で印刷して売ったり、商売でもかなりひどい状況が見られます。旗なんかもみんなそうです。選手側の方も、箱根駅伝に出たいという選手が増え、手を振って走っている選手がいたり、出るためにわざわざ出れるような選手層の薄い学校を選択したりする傾向があります。私も中央大のアルバイトコーチをしているものですから、いい選手がとりたくてスカウトに行くのです。

出場回数、連続出場回数

すると親が出てきて「うちの子は東洋さんとか中央さんに行ったら出れないから、こういう大学に行きます」と断られます。例えば高校でも強い高校があります。すると同級生が色々な大学に行くわけです。すると箱根に出れる人と出れない人が出てきます。弱かった選手が弱い学校に行って箱根駅伝に出て、同窓会なんかで「なんだおまえは一回しか走らないで、おれは4回も走ったんだぞ」というようなケースがあるそうです。

これだけ大きな話題になりますから地方の新聞社やテレビ局も凄い取材をするのです。その地方の選手を夜呼びだすのです。監督やコーチに知られないように、夜呼びだして飲ませるとかこづかいをやって取材をするということまで行われているのです。そういう選手に限って風邪ひいたりブレーキになるのです。ですから禁止している学校もあります。今は一区間20人はしりますが、一人に一台カメラが付くのです。

勿論写らない場合もありますが、ブレーキになったような時は放映されます。弱い選手は写されるだけで嬉しがって手を振ったりしますが、強い選手は向こうに行け、レースが終わってから来いという態度ですね。一番の問題になっているのは箱根駅伝がスポーツビジネスの一環として各大学にとりいれられてきていることです。強い学校を見ていると、学校がお金を出しているのです。弱い学校は金を出さない学校です。合宿費にしても費用が結構かかるのです。

選手は補欠を入れて16人何ですが、実際の部員は40人から100人いるのです。それを合宿に全部連れて行くわけです。昔は全部自己負担でした。ところがこれでは勝てないというので選手を勧誘するときから、合宿費用は全部持ちます、交通費も持ちますと言うような話になってきて、選手の獲得合戦が激しくなり、各大学で特待生制度を各大学が始めたのです。入学金免除、授業料免除、合宿費免除、こづかいまで出るという段階まできている学校もあるのです。

それはなぜかというとテレビ放映で2日間で14時間放映するからです。そのなかで自分の大学名がテレビに映る経済効果は計算するとだいたい何億、何十億になるのです。駒澤大学駒沢大学と連呼するだけでCMにかんがみると凄い金額なのです。それを考えて学校経営者が、箱根駅伝に集中して投資して特待生20人くらいとってでもやっていくのだと決断するケースが出て来るのです。授業料はだいたい60万から100万くらいですから、一人4年で400万、安いもんだと言う考えでそれをドンドンやっている学校が強くなっているのです。

昔は新興大学はそれをやらなくてはいい選手が採れないのでやってきたのですが、最近は老舗の大学を含めてやりはじめています。特に明治、青山学院は徹底的にやります。だから強くなってきたのです。中央は立ち遅れて、去年ようやく制度が出来てだから駄目なんですが、まあこれがいいか悪いか、野球でもみんな特待生制度で支えられていますから、仕方がないのかなーとは思うのですが、あまりにもひどいと思うことがあります。勧誘に行きますと「条件はなにですか?」「希望の学部にいけますか?」「故障をした時の治療費はみてもらえますか?」と言う質問がまず向こうからきますからね。

だからまず強くなるには素材のある良い選手をたくさん採らなければ勝てません。そういう時代ですからこういうことがどんどん始まってきているのです。それから学校によってスポーツ推薦の枠といいますか数が違うのです。幾らでも採れる大学と何名しか採れない大学と。それでも凄い差がついてきてしまいます。私も勧誘に歩いているので、こんどまた広島の都道府県男子駅伝には行きますが、ここには各大学のスカウトマンが5人ずつくらい来ています。学校によってはスカウト専門の職員を持っているところもあり、その人は一年中全国を歩いています。

しかし採った選手が全部活躍するわけでもありません。採った選手の3分の1が伸びて残りの半分が中だるみで、あとはつぶれるというのが普通です。東洋大学は確かに強いです。あそこは枠が結構あります。14、5人採れるのです。そのうちの4名くらいが強くなればいいのです。中央大学は7人しか枠がありません。ですから苦しいのです。増やしてくれ増やしてくれと学校には言っているのですが、古くからの老舗の大学は駅伝だけではなくて他の部もあるのです。

すると他の部からクレームがつくのです。何で駅伝だけが優遇されるのだ。新興大学は一点重視主義で駅伝から始められますが、古い学校はそうはいきません。例えば中央大学は合宿場が全部合同の合宿場だったのです。ラクビーからマラソンまで400人くらい入って、共同で寝泊まりでした。去年からあたら新しいのが出来まして、「中央大学陸上競技部合宿場」となったのですが、ほかの部からのクレームが続出し、学校は「中央大学体育部合宿場」に変えてしまいました。伝統校は大変です。

そんなことで各学校はコーチ、スカウト、トレーナーなどを準備し、家庭訪問をして選手を採ってきます。だいたい高校のランキングで300人くらいは学校を選ばなければ、スポーツ推薦で入れます。枠がありますがそれは学校によって条件が異なり、例えば中央大学では内申書の平均が3以上でなければどんなに強くても入れません。昔は名前さえかければOKという時代もありました。

監督も大変です。結果を出さないとすぐに首です。監督には3パターンあり、教員の監督、職員の監督、年数を限って契約で入っている監督がいます。契約で入った監督は一番大変です。契約と言ってもプロ野球の監督みたいに高い報酬はないのです。サラリーマン並みですから成果が出なかったら3年で首です。それを繰り返している学校は駄目ですね。選手にしても監督を慕ってくる選手と言うのがいますからね。

僕はやはり監督とコーチは一体になって監督が4年やって辞めたらコーチが監督になるようなシステムを作っていかないとうまくいかないと思います。最近実業団の監督から学校の監督に変わるケースが多いです。マラソンの谷口選手がこんど東京電力をやめて、東京農大のコーチになります。みなさんテレビを見ていてお気づきだと思いますが、古い伝統校のゼッケンは頭文字一字ですね。早稲田のW、中央大Cのようなものです。

ところが新興大学は学校名を全部書いていますね。でないと分かりませんから。それが宣伝の核ですから。優勝を狙うチームと箱根に出るチームは完全に分かれてきます。箱根に出て14時間テレビに映ってくれればよいという学校と優勝しなければいけない学校が完全に分かれていますから、だから新聞なんかを見ていても、シードに入りたいのが目的の学校は出れればいい学校なのです。

優勝を狙えるのは上位6校でしょう。今回は大差がつきましたが僕は予想では駒沢と東洋の勝負だろうと思っていました。ところが開けてみたら駒沢が3区でブレーキが来て、あれ以来ずっと負けてしまいましたからね。ですから駅伝は分からないですね。来年度は国学院までがシードで11校以下は予選会に出て、また9位までが入ってくるのです。お話はこのくらいにして質疑応答をお願い致します。(拍手)

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7.質疑応答

質問:中央大学の選手で足をいためた選手がいました。おかしなフォームで走っていましたがあれあどんな選手なんですか?

答え:彼は区間は2位でした。今回は東洋が強すぎたために6区の同時スタートが多かったのです。ですから見ている順番とタイムは全然違うのです。フォームについては彼はもともとああいうフォームなのです。高校時代はもっとひどいフォームでした。私が勧誘に行きましたが、あまりフォームが悪いのでどこの大学からも声がかからなかったのです。関東高校で6番に入っていたのですよ。

先生も彼が力があることを知っていて、「碓井さんどこか受け入れてくれる大学ないですか?」って言うんです。どこからも来ているだろうと言いますと「来てもあのフォームをみるとみんな帰ってしまう」と言うんです。それでフォームなんか直せばいいんだからうちで採ろうということで理工学部の枠が一つ空いていたので採ったのです。

あれでよくなった方なのです。今回も本人は何番を走っているか順番は分かっていないのです。ですが全般から追い付いていったから区間では2番になったのです。一番が東洋の斎藤でした。でもあと2秒早かったら順天堂を抜いて7番だった。ちょっと早く仕掛けすぎましたね。もうすこし我慢すべきだったように思います。今回の中央は5区がブレーキでした。柏原に9分差を付けられましたからね。来年はこんなことがないように頑張ります。

質問;正常脈搏が一分間35回とか言いますが、選手を選ばれる時、そういう正常脈搏のすっくない選手を選ぶのですか?

答え:脈拍は私も38でした。これはトレーニングによって少なくなるのです。生まれつき少ない人もいます。しかその人が長距離相に強いとは限りません。ですから選手の勧誘には脈拍は関係しません。記録と気力、気持ちです。駅伝は格闘技ですから、クソッという気持ちがないと駄目なんです。性格の強い子が強いのです。脈拍はトレーニングを継続すると少なくなります。僕も現役の時は36でしたが、競技を辞めるとすぎ60くらいに行ってしまいました。

いまは70です。だから故障すると駄目なのです。3カ月休むと脈拍が回復するのにその三倍の時間がかかります。だから故障しているときに心拍数をあげないために、自転車をやったりプールで泳いだりするのです。それが高地民族は最初から少ないのです。だから強いのです。アフリカ人でも日本に来ていて、帰らないと脈が上がってしまいます。

ですから日本に永くいるアフリカ人は心臓が日本人になってしまってしまいますから選手寿命が短いです。ですから選手は帰る必要があるのです。それで日本の実業団ではルールを作って、6カ月日本に滞在しなければ駄目だと言うことにしたのです。アフリカにずっといて試合だけに日本に来れば、それは強いですからそれを防ぐ制約を作ったのです。

質問:駅伝でもドーピング検査はあるのですか
答え:全員ではありませんが抜き打ちでやっています。

質問:今回活躍した柏原選手もスカウトされたのですか
答え:彼は故障ではないですが、貧血気味で、高校3年の時はずっと悪かったのです。10月まで記録が悪かったのです。ですからどこの大学も勧誘に行っていないのです。ところが貧血が治ったらすごく強い選手になったのです。彼は先生と一緒に中大や早稲田に行ってお願いをしたのですが、その時点では枠が全部各校埋まってしまっていたのです。東洋大学だけが採れたのです。こういう例があるのだから枠は3月の試験が終わるまでは空けておかないといけないと最近は言われています。

質問:枠ってなにですか
答え:大学の枠というのはスポーツ推薦の枠です。大学によって異なりますが、だいたいスポーツ推薦が決まるのが10月なのです。10月が面接なのでその前に決めるのです。柏原はその後に病気が治ったのですから、本人も来ないし、どこの大学も枠が埋まってしまったのです。東洋だけが枠が埋まっていたのに学校に交渉して1名増やして採ったのです。

質問:先生の大学時代の選手時代の話を聞かせて下さい。
答え:私は1年に入ったときは家庭の事情で東京急行という会社の陸上競技部に就職して大学に行こうとしたら、そのときの東急の監督が中村清という瀬古選手をそだてた監督で、中大に入ったから行きたいと言いましたら、「何を考えている、駄目だ!」と怒られて、中大の西内監督に相談したら「碓井、一年間は東急でがまんしてやれ」と言われ、1年間は東急で走っていたのです。その時の日本選手権で僕は一番よかったのです。2年目から中大に所属して初めて走ったときは10区のアンカーでした。2年目は2区でした。3回目の2区でした。昔のゴールは有楽町でした。

質問:リクルーティングのことですから、興味のある選手と言うのは高校1年や2年から目を付けて交渉するのですか。また中学生もリクルートをしていますか。
答え:そうです。高校3年生は100%決まっていますし2年生も50%決まっていますから、一年の時から追いかけて行かないと駄目なのです。1年生ですから記録だけでなくて、先生と話して将来性があるかどうかを調べます。

中学生を勧誘することはまずないです。この陸上界で中学時代強い選手はまず延びていないのです。中学時代ナンバーワンでオリンピックに出ている選手は一人もいないのです。みんなトレーニングをしながら高校、大学で伸びてきた選手がオリンピックに出るのです。中学時代にやりすぎた選手は焼き切れているのです。はっきり言って中学生に大学生の練習をやらせたら強くなります。その代りそれで終わってしまいます。

最近は地元の強い要望で、日本橋を経由してゴールすることになったので、ますます人が増えました。以前は日大、中央大、早大、明治大など伝統校が強かったのですが、昭和40年代に順天堂大、日体大などの体育系大学が頭角を現し、50年代には駅伝だけのために有力選手を集めた新興の大東文化大、神奈川大、山梨学院大などが活躍し、最近は亜細亜大、城西大、上武大などが力をいれ、この2年、東洋大が優勝しております。

平成22年(第86回)出場校

このように人気が出過ぎた影響で、いろいろな商品にロゴマークが使われたり各大学がスポーツビジネスと割り切ってか、出場するには金に糸目をつけないという弊害がでています。その一つが外国選手の採用です。ケニヤ、エチオピアの選手が速いというのは、もともと2000mほどの高地に住んでいて、酸素が薄いのに慣れているので、低地にくると酸素がたくさん吸収できて運動能力が強化されるのです。最近の選手は期待が多すぎて、プレッシャーがかかり、思わぬランナーがブレーキになったり、棄権という現象もここ数年増えています。



講座企画・運営:吉田源司
文責:臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


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