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2013年7月12日神田雑学大学 定例講座No655

めんと和菓子の夜明け
索餅の謎を解く


  講師 松本忠久



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 講師紹介 
 結論
 根拠
 索餅づくり実験
 添付資料


講師紹介 吉田源司(統括理事)松本忠久講師の写真
本日の講師・松本忠久さんが、NPO法人神田雑学大学で初めてお話してくださったのは、2005年3月18日の「幻の郷土料理に挑む」ですから、もう8年前になりますね。 1936年に東京・新宿に生まれ、東京大学文学部美学美術史学科卒業後、TBS東京放送入社されました。96年に退社後、松本さんは、『ある郷土料理の1000年 「元三大師の酢ムツカリ」から「シモツカレ」へ』という本を書かれました。郷土料理の「酢ムツカリ」の足跡を追って日本各地へおもむき、豊富な資料とともに検証・研究されたものです。 「シモツカレ」というのは、炒った大豆を鬼卸しという卸し器で荒くおろした大根とにんじん、塩鮭の頭、油揚げ、酒粕などといっしょに蒸し煮した郷土料理です。年に1度、2月の初午の日だけにつくってお稲荷さまに供える行事料理で、食べられているのは、北関東の茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉と、福島県会津だけだそうですから、その地域以外の人は、ほとんどご存じないかもしれません。

2005年3月18日 定例講座 No.265「幻の郷土料理に挑む」 http://www.kanda-zatsugaku.com/050318/0318.htm

さらに、2008年に『平安時代の納豆を味わう』という本を出版されました。松本さんによると、「日本独自の食文化が大きく花が開いたのは平安時代である。濃口醤油と糸引き納豆は、世界に誇る日本食である」ということで、和食文化の根源についてお話されました。

2009年10月30日 定例講座No.479「日本の食文化の真髄 納豆」 http://www.kanda-zatsugaku.com/091030/1030.htm

NPO法人神田雑学大学から誕生した、蕎麦のソムリエの「江戸ソバリエ」でもある松本さんは、2011年に『めんと和菓子の夜明け 索餅の謎を解く』という本を出されました。 「日本料理は世界の文化遺産である。うどん、そうめんのルーツは奈良平安時代の『索餅』(さくべい)だといわれているが、どんな食べものなのか? 俗説、誤説が横行している。索餅とは、小麦粉に米粉を混ぜ、蒸してから細く切っためんであり、それを縒って揚げ、お菓子にもしたものである。豊富な文献と実験によって証明する」という松本さんに、今回は、この「索餅」についてくわしく語っていただきましょう。

結論講演中の写真
日本のめんと和菓子のルーツは、奈良・平安時代に愛好された「索餅」である。「めん」と「お菓子」という2種類につくり分けられた。
(a)「めんの索餅」は、小麦粉と米粉を、容積比で10対4ぐらいに混ぜ、塩湯で練り、蒸してから細長く切ったもの。現代のそうめん、うどんに比べると、コシが弱く、調理しにくく、保存性が低いのが欠点。 小麦粉だけを使い、グルテンの力で打つそうめん、うどんが中国から伝来すると、すみやかに駆逐され、中世に消滅した。
(b)「お菓子の索餅」は、「めんの索餅」を5〜8pぐらいに切り、 二本をより合わせるか、一本を捻ったもの。胡麻油で揚げることが多かった。現在でも奈良など各地で、しんこ菓子に姿を変えて存続している。
索餅の写真
根拠
1 索餅に関する世界最古の文献は、紀元200年ごろの中国・後漢の字書「釈(しゃく)名(みょう)」。練った小麦粉を茹でたり蒸したりして「索餅」をつくったことが記されている。 中国では昔も今も、「餅(ピン)」とは小麦粉を練って加熱した食べもののことである。ところが、日本に漢字が伝来すると、「餅」とは、餅米を蒸してから搗いた食べものを指すよう誤用された。やまとことばの「モチイヒ、モチヒ、モチ」を表す漢字は「?(シ)」である。中国と日本では、「餅」の意味がまるで食い違ってしまったのである。  (添付資料1)

2 「索餅」は、奈良時代以前に日本に伝わり、あつの変化を受けた。  
 (1)「麦(むぎ)縄(なわ)」という日本名がついた。
 (2)小麦粉10に対し米粉4(容積比)ていどが加えられた。
 (3)めんと菓子のふ種類につくり分けられた。  (添付資料2)
講演中の写真
3 「めんの索餅」の形は「和(わ)漢(かん)三(さん)才(さい)図(ず)会(え)」などでわかるように、現代のめんと同じである。味・食感は、現代の茹でうどんに似ているが、やや塩気が強い。これを、小豆汁、水飴、醤(ひしお)、味噌、酢などで和えて食べた。七夕に織女に捧げる習わしだった。(添付資料 3,  4,  6

4 「お菓子の索餅」は、揚げないと「しんこ餅」、揚げると中国の菓子「麻(マア)花(ホア)」に似ている。捻ったり縒ったりするのは、噛み砕きやすくするためである。?(こん)飩(とん)と並んで「八(や)種(くさの)唐(から)菓子(くだもの)」の筆頭として、「節(せち)会(え)」など宮中の儀式に欠かせないご馳走だった。有(ゆう)職(そく)故(こ)実(じつ)書(しょ)「江(ごう)次(し)第(だい)」「江(ごう)次(し)第(だい)鈔(しょう)」「正(しょう)月(がつ)三(さん)節(せち)会(え)御(ご)膳(ぜん)之(の)図(ず)次(し)第(だい)」「三(さん)節(せち)会(え)御(ご)膳(ぜん)供(ぐ)進(しん)次(し)第(だい)」や、考証図会「集(しゅう)古(こ)図(ず)」「京の水」などに、形や供しかたがくわしく記されている。(添付資料 5, 7, 810111213

5 ところが、平安時代の辞書「倭(わ)名(みょう)類(るい)聚(じゅ)抄(しょう)」は、「索餅」を「八種唐菓子」に入れていない。これは、編者の源(みなもとの)順(したごう)が故実に暗く、自分で頭注に書いているとおり「俗説にしたがって」八種を選んだからである。(添付資料14

6 2種類の索餅は、奈良・平安時代に貴賎をとわず愛好された。日本最古の記録は、天平六年(734)の「正倉院文書」、または長屋王邸跡から出土した木簡(時代未確認)と思われる。

7 「めんの索餅」の材料、製法、器具などは、平安時代の法典「延(えん)喜(ぎ)式(しき)」にくわしく書かれている。「一藁(こう)の索餅は、小麦粉と米粉を混合したもの三合を?(こう)して得られる」という部分が重要である。(添付資料15,16

8「?」とは、「挙(きょ)火(か)」、つまり「火を挙げる」「火で煮炊きする」、または「篝(かがり)火(び)」という意味である。 「篝」とは「伏(ふせ)籠(ご)」、つまり、逆さにした竹籠を香炉にかぶせ、これに衣服を掛けて薫りを焚きしめる調度品のことである。 これらを総合すると、「索餅」は竹籠の一種、すなわち「蒸(ジョン)籠(ロン)」(せいろう)に練り粉を置き、蒸して造ったと考えられる。 ちなみに「蒸」の正字は「烝」で、「火気(湯気)上行」という意味である。「?=挙火」と一致する。(添付資料17

9 以上、「八種唐菓子」の製法は、現存日本最古の料理書といわれる鎌倉時代の「厨(ちゅう)事(じ)類(るい)記(き)」にくわしく記されている。ただし「厨事類記」は、「倭名類聚抄」の悪影響を受け、「索餅」を「八種唐果子」から除外し、それに準ずるものとして扱っている。(添付資料20

10 中国では唐代(7世紀以降)から、グルテンの力を活用した「小麦粉めん」が爆発的に普及した。「麺(ミェン)」という漢字は、もともと「小麦粉」という意味だったが、めんが普及してから、「めん」という意味でも使われるようになった。 「小麦粉めん」は、日本に平安時代末ごろ、おもに道元ら禅僧によって伝えられた。これが現代日本のうどん、そうめんの直接の先祖である。コシが強く、調理の応用範囲が広く、保存性がよい「小麦粉めん」は、「めんの索餅」をすみやかに駆逐した。

11 中国では、昔も今も「素(スー)」は精進料理を意味する。道元ら禅僧が食べためんは、かならず「素(スー)麺(ミェン)」だった。これが日本に伝わってから、細めのめん一般を指すよう転用された。「素麺」は、「索餅」「索麺」が誤記されたものだという俗説があるが、誤りである。室町時代の辞書「頓(とん)要(よう)集(しゅう)」「撮(さつ)壌(じょう)集(しゅう)」などは、はっきり別物として扱っている。 (添付資料21、22) 12 「お菓子の索餅」は、鎌倉時代以降、米粉だけでつくられるようになった。今でいう「しんこ」である。 さらに、室町時代以降、「お菓子の索餅」は、大衆的な菓子「しんこ」「よりみず」「白糸」などに枝分かれした。しかし、捻った形が「お菓子の索餅」の原型をとどめている。現在でも、奈良県では吉事法事に「しんこ」を食べる風習がある。

[索餅づくり実験]
蒸した「練り粉」の写真「蒸した生地」を竹竿で延ばす写真

「生地」を切る写真切った「生地」を板摺りする写真

[添付資料]

添付資料1
添付資料1の写真

添付資料2
添付資料2の写真

添付資料3
添付資料3の写真

添付資料4
添付資料4の写真

添付資料5
添付資料5の写真

添付資料6
添付資料6の写真

添付資料7
添付資料7の写真

添付資料8
添付資料8の写真

添付資料9
添付資料9の写真

添付資料10
添付資料10の写真

添付資料11
添付資料11の写真

添付資料12
添付資料12の写真

添付資料13
添付資料13の写真

添付資料14
添付資料14の写真

添付資料15
添付資料15の写真

添付資料16
添付資料16の写真

添付資料17
添付資料17の写真

添付資料18
添付資料18の写真

添付資料19
添付資料19の写真

添付資料20
添付資料20の写真

添付資料21
添付資料21の写真

添付資料22
添付資料22の写真

添付資料23
添付資料23の写真
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 講座・企画運営  吉田源司
 テキスト製作  松本忠久
 会場写真撮影  飯嶋重章
 HTML制作  飯嶋重章

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